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菁寮聖十字架天主堂は台湾 台南市 後壁区菁寮墨林里294-1号に所在するカトリック 台南教区の教会およびその聖堂である。 この聖堂は 1960年 に建設され、設計はドイツの建築家 ゴットフリート・ベーム ( Gottfried Böhm ) によるものである [ 1 ] 。
建築の特色. 本聖堂は中国宮廷式長方形建築を採用し、「祭天殿」と称する。 聖堂内部には赤色の円柱に数々の詩句が記されている。 その上方の丸天井にはキリスト教の『 モーセの十戒 』、『 信・望・愛 ( 英語版 ) 』などがテーマとして描かれ、 竜 が珠を奪いあう図柄などの中国伝統の装飾が縁に施されている。 このような装飾はまた 梁 の上にも見られる。 長方形建築の一短辺に 祭壇 が設けられ、後方の ニッチ には中国画風にアレンジした『 最後の晩餐 』が描かれ、画中の人物も中国人の顔立ちをしている。 また 漢服 を着用し、 箸 を使って 饅頭 を食べ、爵(しゃく) [1] で酒を飲んでいる。 『最後の晩餐」の上方には『 三位一体 の図』がある。
カトリック台南教区(中: 天主教台南教區、羅: Dioecesis Tainanensis、英: Diocese of Tainan )は、台湾 台南市および澎湖県を管轄区域とするキリスト教 カトリック教会の司教区。
台南孔子廟. ウィキメディア・コモンズには、 台南孔子廟 に関連するカテゴリがあります。. 台南孔子廟 (たいなんこうしびょう)は、 鄭氏王朝 の1665年に 陳永華 によって創建され、1666年に完成された 孔子廟 である。. 台湾 で最も古い孔子廟で、「全臺 ...
2019年末までに台湾で指定された古蹟は967ヶ所で、そのうち国定古蹟は106ヶ所。 全体では台北市が、国定古跡に限ると台南市が、県市定古跡は金門県が最多となっている [1]。 以下は 台湾 における各 古跡 の一覧である: 一級古蹟. 二級古跡. 三級古蹟. 北部. 中部. 南部. 東部、離島. 国定古跡. 市定古蹟. 台北市. 新北市. 台中市. 台南市. 高雄市. 市. 県定古蹟. 脚注. ^ (繁体字中国語)“ 古蹟概況 ”. 文化部文化資產局 (2020年3月16日). 2020年4月30日閲覧。 ^ “彰化県に残る台湾唯一の扇形機関庫、「国定古蹟」に”. Taiwan Today. (2022年6月2日) 外部リンク.
概要. 台湾島で最も早くから開けた地区の一つであり、古称は「台湾」、「台湾府」。 「台湾」という地名は、もともと台南一帯の一地域を指し、後に台湾島全体を指す地名となった。 オランダ 人はここに根拠地 ゼーランディア城 を置いた。 清朝 時代初期相当の 鄭氏政権 下の台湾の首府であり、政治・ 経済 ・ 文化 の中心地であった。 日本統治時代 に台湾の中心地は 台北 に移ったものの、その後もしばらく台北に次ぐ 地方都市 として発展した。 現在は台湾六大 直轄市 の一つで、合併後の 人口 は約189万人(2017年3月)。 多くの旧跡が残り、現代的な都市景観と併存している。 台南 小吃 (中国語版記事)で知られるグルメの町でもある。
永康区 (ヨンカン/えいこう-く)は 台南市 の 市轄区。 歴史. 永康は 明 末の 鄭氏政権 時代に 漢人 が新港渓(現在の 塩水渓)沿いに入植するための拠点として開発された。 漢人は新港渓を遡上し、南岸に集落を築き開墾に着手し、郡城(現在の 台南市)から北部への交通の要衝として繁栄した。 当時の永康は「埔羌頭」と称されたが、これは明末清初にかけて 戦国時代 の 日本 で需要の高まった武具へ使用する鹿皮の主要供給地とし、漢人は米や塩などの物資を平埔族と鹿皮と交換し日本に輸出し、鹿肉は干肉と加工され大陸に輸出されていたことに由来する。 閩南語では「埔」は平地を意味し、「羌」は小鹿の一種を、「頭」は海辺の岬を意味し、「埔羌頭」とは鹿野多い海沿いの平地という意味である。