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  1. 地蔵菩薩本願経 - Wikipedia

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    地蔵菩薩本願経』(じぞうぼさつほんがんきょう、梵: Kṣitigarbha-bodhisattva-pūrva-praṇidhāna Sūtra, クシティガルバ・ボーディサットヴァ・プールヴァ・プラニダーナ・スートラ)とは、大乗仏教の地蔵菩薩に関する代表的な経典。

  2. 地蔵菩薩 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 地蔵菩薩
    • 概要
    • 像容
    • 功徳利益
    • 信仰
    • 六地蔵
    • 勝軍地蔵
    • 鬼門地蔵
    • 地蔵菩薩に関する伝承
    • 地蔵菩薩を祀る寺院の例
    • 関連項目

    地蔵菩薩は、忉利天に在って釈迦仏の付属を受け、釈迦の入滅後、5億7600万年後か56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまうため、その間、六道すべての世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に現れて衆生を救う菩薩であるとされる (六道能化〈ろくどうのうげ〉)。 虚空蔵菩薩と地蔵菩薩が一対で安置される例は京都・広隆寺(講堂)などにあるが、一般的ではない。 地蔵菩薩の起源は、インドのバラモン教の神話に登場する大地の女神プリティヴィで、大地を守護し、財を蓄え、病を治すといった利益信仰があり、これが仏教にも取り入れられ、地蔵菩薩が成立したとされる。経典として「地蔵菩薩本願経」「大乗大集地蔵十輪経」「占察善悪業報経」が地蔵三経と呼ばれるが、「占察善悪業報経」は偽経とも言われる。

    一般には剃髪した声聞・比丘形(僧侶の姿)で白毫があり、袈裟を身にまとう。装身具は身に着けないか、着けていても瓔珞(ネックレス)程度。左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印(掌をこちらに向け、下へ垂らす)の印相をとる像が多い(この場合、伝統的に彫像であることが多く画像はまれである)。 しかし密教では胎蔵曼荼羅地蔵院の主尊として、髪を高く結い上げ装身具を身に着けた通常の菩薩形に表され、右手は右胸の前で日輪を持ち、左手は左腰に当てて幢幡を乗せた蓮華を持つ。

    『地蔵菩薩本願経』には、善男善女のための二十八種利益と天龍鬼神のための七種利益が説かれている。 二十八種利益 1. 天龍護念(天と龍が守護してくれる) 2. 善果日増(善い行いの果報が日々増していく) 3. 集聖上因(悟りの境地へ至る因縁が集まってくる) 4. 菩提不退(悟りの境地から後退しない) 5. 衣食豊足(衣服や食物に満ち足りる) 6. 疾疫不臨(疫病にかからない) 7. 離水火災(水難や火災を免れる) 8. 無盗賊厄(盗賊による災厄に遭わない) 9. 人見欽敬(人々が敬意を払って見てくれる) 10. 神鬼助持(神霊が助けてくれる) 11. 女転男身(女性から男性になれる[注釈 1]) 12. 為王臣女(王や大臣の令嬢になれる) 13. 端正相好(端正な容貌に恵まれる) 14. 多生天上(天界に生まれ変わる事が多い) 15. 或為帝王(あるいは人間界に生まれ変わって帝王になる) 16. 宿智命通(過去世〈宿命、しゅくみょう〉を知る智慧を持ち、過去世に通ずる) 17. 有求皆従(要求があれば皆が従ってくれる) 18. 眷属歓楽(眷属が喜んでくれる) 19. 諸横消滅(諸々の理不尽な事が消滅していく) 20. 業道永除(地獄などの悪い場所に生まれ変わらせる業道(karma-patha)が永く除かれる) 21. 去処盡通(赴く場所に うまくいく) 22. 夜夢安楽(睡眠中に安らかな夢を見る) 23. 先亡離苦(先祖・先亡の霊が苦しみから解放される) 24. 宿福受生(過去に なした善行によって良い生まれを受ける) 25. 諸聖讃歎(諸聖人が讃えてくれる) 26. 聰明利根(聡明で利発になる) 27. 饒慈愍心(慈悲の心に溢れる) 28. 畢竟成佛(必ず仏に成る) 七種利益 1. 速超聖地(さらに すぐれた境地へ速やかに進める) 2. 悪業消滅(悪いカルマが消滅する) 3. 諸佛護臨(諸々の仏が護ってくれる) 4. 菩提不退(悟りの境地から後退しない) 5. 増長本力(本来持っていた能力が増幅される) 6. 宿命皆通(過去世の全てに通ずる) 7. 畢竟成佛(必ず仏に成る)

    中国における地蔵信仰

    偽経とされる『閻羅王授記四衆逆修生七往生浄土経』(預修十王生七経)や『地蔵菩薩発心因縁十王経』(地蔵十王経)によって、道教の十王思想と結びついて、中国においては地蔵菩薩が閻魔または十王の一尊としての閻魔王と同一の存在であるという信仰が広まった。閻魔王は地蔵菩薩として人々の様子を事細かに見ているため、綿密に死者を裁くことができるとされ、泰山王とともに十王の中心に据えられた。 このため中国においては地藏王菩薩と呼ばれ、主に死後の(地獄からの)救済を願って冥界の教主として信仰される。日本の神奈川県横浜市中区にも、死者の永眠を祀る地藏王廟(中華義荘)が華僑によって建立されている。 明代の小説である『西遊記』でも、冥界を司る地藏王菩薩が孫悟空(斉天大聖)の暴れっぷりを地獄から天の玉皇大帝に上奏する場面が描かれている。 地藏王菩薩の聖地は、安徽省にある九華山である。これは、新羅の地蔵という僧(696年 - 794年、俗名金喬覚、俗姓と法名を連ねて、金和尚あるいは金地蔵とも呼ばれる)が、この地にある化城寺に住したことに因むものである。齢99で、この地で入滅した地蔵は、3年後に棺を開いて塔に奉安...

    日本における地蔵信仰

    日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになった。 姿は出家僧の姿が多く、地獄・餓鬼・修羅など六道をめぐりながら、人々の苦難を身代わりとなり受け救う、代受苦の菩薩とされた。際立って子供の守護尊とされ、「子安地蔵」と呼ばれる子供を抱く地蔵菩薩もあり、また小僧姿も多い。 賽の河原で、獄卒に責められる子供を、地蔵菩薩が守る姿は、中世より仏教歌謡「西院河原地蔵和讃」を通じて広く知られるようになり、子供や水子の供養において地蔵信仰を集めた。関西では地蔵盆は子供の祭りとして扱われる。 また道祖神(岐の神)と習合したため、日本全国の路傍で石像が数多く祀られている。交通の便に乏しい時代では大きな仏教寺院へ参詣することができず、簡易な参拝ができる身近な仏像として崇敬を集めた。そのような地蔵に導師が置かれた例は少なく、そのため本来の仏教の教義を離れ、神道との混同や地域の独自の民間信仰の意味合いなども濃くした。 路傍の地蔵尊はさまざまな祈念の対象になり、難治の傷病の治...

    日本では、地蔵菩薩の像を6体並べて祀った六地蔵像が各地で見られる。これは、仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。六地蔵の個々の名称については一定していない。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の順に檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵と称する場合と、それぞれを金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵と称する場合が多いが、文献によっては以上のいずれとも異なる名称を挙げている物もある。像容は合掌のほか、蓮華、錫杖、香炉、幢、数珠、宝珠などを持物とするが、持物と呼称は必ずしも統一されていない。 日本では、六地蔵像は墓地の入口などにしばしば祀られている。中尊寺金色堂には、藤原清衡・基衡・秀衡の遺骸を納めた3つの仏壇のそれぞれに6体の地蔵像が安置されているが、各像の姿はほとんど同一である。

    愛宕権現の本地仏。大宝年間、役小角が白山修験の開祖とされる泰澄と山城国愛宕山に登ったとき、龍樹菩薩、富楼那尊者、毘沙門天、愛染明王を伴い大雷鳴とともに現れ、天下万民の救済を誓った地蔵菩薩が、勝軍地蔵であったという伝承が残る。また、敏達天皇の御代、日羅が勝軍地蔵を護持したとされ、さらに『元亨釈書』には清水寺の延鎮が勝軍地蔵と勝敵毘沙門天の両尊に坂上田村麻呂の戦勝祈願を行ったことが記されている。しかしながら、儀軌などが現存せず、延鎮が行ったとされる修法を初め、固有の尊容も明確でない。『地蔵菩薩本願経』『十輪経』『陀羅尼集経』にある「煩悩の賊、天魔の軍に勝つ」、「軍陣闘戦に際して、難を免れる」などの記述が、この尊を感得する依拠とされたと考えられている。幡(軍旗)や剣などを持ち、甲冑姿であることは共通するが、踏割蓮華に立つ立像と、神馬にまたがる騎馬像とが存在する。 1. 勝軍地蔵(ギメ東洋美術館) 2. 仏像図彙(1783年)

    中日新聞(2020年)によれば、愛知県半田市亀崎地区には「鬼門地蔵」と称する地蔵がある。個人宅の鬼門方向に祀られ、2003年の調査では、同地区で約70体が確認されている。史料はなく、由緒は不明という。

    古代インド王の転生

    『地蔵菩薩本願経』によると、昔、インドに大変慈悲深い2人の王がいた。一人は自らが仏となってから人を救おうと考え、一切智成就如来という仏になった。だが、もう一人の王は先に人を悟りの境地に渡してから自らも悟ろうと考えた。それが地蔵菩薩である。地蔵菩薩の霊験は膨大にあり、人々の罪業を滅し成仏させるとか、苦悩する人々の身代わりになって救済するという説話が多い。

    子供の守護・救済

    菩薩は如来に次ぐ高い見地だが、地蔵菩薩は「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」との決意で、その地位を退し、六道を自らの足で行脚し、救われない衆生、親より先に死去した幼い子供の霊を救い、旅を続けている。 幼い子供が親より先に死ぬと、親を悲しませ親孝行の功徳も積んでいないことから、三途の川を渡れず、賽の河原で鬼のいじめに遭いながら、石の塔婆作りを永遠に続けなければならないとされ、賽の河原に率先して足を運んでは、鬼から子供達を守り、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていく逸話は有名である。 このように、地蔵菩薩は最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩であることから、古来より絶大な信仰の対象となっていた。

    施餓鬼法要との関係

    また後年になると、地蔵菩薩の足下には餓鬼界への入口が開いているとする説が広く説かれるようになる。地蔵菩薩像に水を注ぐと、地下で永い苦しみに喘ぐ餓鬼の口に、その水が入る。 仏教上における餓鬼は、生前に嘘を他言した罪で、燃える舌を持っており、口に入れた飲食物は、炎を上げて燃え尽き、飲み食いすることは出来ないが、地蔵菩薩の慈悲を通した水は餓鬼の喉にも届き、暫くの間は苦しみが途切れるといわれている(その間に供養を捧げたり、徳の高い経文を聞かせたりして成仏を願うのが、施餓鬼の法要の一端)。 これは、六道全てに隔てなく慈悲を注ぐといわれる、地蔵菩薩の功徳を表す説であり、施餓鬼法要と地蔵菩薩は、深い関係として成立していった。 仏教上では、非道者で仏法を否定、誹謗する者を一闡提(略して闡提)というが、これには単に「成仏し難い者」という意味もあることから、一切の衆生を救う大いなる慈悲の意志で、あえて成仏を取り止めた地蔵菩薩や観音菩薩のような菩薩を「大悲闡提」と称し、通常の闡提とは、明確に区別する。

    法隆寺(奈良県斑鳩町) - 平安時代前期、(大御輪寺旧蔵)
    木之本地蔵院(浄信寺)(滋賀県長浜市) - 日本三大地蔵尊、鎌倉時代
    • 中国語:地藏菩薩( Dì Zàng Pú Sà)
    • 「クシティガルバ」, (क्षितिघर्भ Kṣitigarbha)
  3. 延命地蔵菩薩経 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 延命地蔵菩薩経

    『延命地蔵菩薩経』(えんめいじぞうぼさつきょう)とは、日本で成立した偽経である。不空訳ということになっている。その名の通り地蔵菩薩のご利益を説く。 本文では地蔵菩薩は「延命地蔵菩薩」「延命菩薩」とも呼称される。 内容 他の大乗仏典のように「如是我聞 ...

  4. 十王 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 地蔵菩薩発心因縁十王経
    • 概要
    • 十王の一覧
    • 歴史
    • 十王の審理
    • 浄土真宗における法要
    • 参考文献
    • 関連項目

    人間を初めとする全ての衆生は、よほどの善人やよほどの悪人でない限り、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌には、順次十王の裁きを受けることとなる、という信仰である。 生前に十王を祀れば、死して後の罪を軽減してもらえるという信仰もあり、それを「預修」と呼んでいた。十王は死者の罪の多寡に鑑み、地獄へ送ったり、六道への輪廻を司るなどの職掌を持つため、畏怖の対象となった。 なお、俗に、主に閻魔に対する信仰ととられる場合もある。これは、閻魔以外の諸王の知名度が低いせいであると考えられている。

    十王それぞれの本地仏との対応関係は鎌倉時代の日本で考え出されたものである。 「泰山府君」は、仏教起源の「閻魔王」とは異なり、中国起源の冥界信仰の地である泰山に由来する「泰山王」が、単独での信仰を得たものである。 初七日は、命日を第1日と数えた第7日、つまり、命日の6日後である。他の日・年も(一周忌以外は)同様である。ちなみに、神道の「三年祭」は3年後である。

    中国

    仏教が中国に渡り、当地の道教と習合していく過程で偽経の『閻羅王授記四衆逆修生七往生浄土経』(略して『預修十王生七経』)が作られ、晩唐の時期に十王信仰は成立した。また道教経典の中にも、『元始天尊説酆都滅罪経』、『地府十王抜度儀』、『太上救苦天尊説消愆滅罪経』という同名で同順の十王を説く経典が存在する。 『預修十王生七経』が、一般的な漢訳仏典と大きく異なる点は、その巻首に「成都府大聖慈寺沙門蔵川述」と記している点である。漢訳仏典は「○○代翻経三蔵△△訳」のように記すのが常識である。しかし「十王経」は、これを無視している。本来の本経が、経典の体裁をとっておらず、はじめ、礼讃文や儀軌の類として制作された経緯に拠るものと考えられている。 『預修十王生七経』が説くのは、生七斎と七七斎という二つの仏教儀礼の功徳である。 このうち、生七斎は、生者が自身の没後の安穏を祈願して行う儀礼であり、その故に「預修」(または「逆修」)という。本来の「十王経」は、生七斎を主とした経典であったと考えられる。生七斎の場では、十王の位牌を安置し、十王を媒介して天曹・地府・冥官への上表文を奉るための紙と筆が、その位牌...

    日本

    日本では、平安末期に仏教由来の末法思想や冥界思想と共に広く浸透した。 日本では『地蔵菩薩発心因縁十王経』(略して『地蔵十王経』)が作られた。『地蔵十王経』の巻首にも、『預修十王生七経』との記述がある。それ故、中国で撰述されたものと、長く信じられてきた。ただ今日では、これは、『地蔵十王経』の撰者が、自作の経典の権威づけをしようとして、先達の『預修十王生七経』の撰述者に仮託したものと考えられている。 『地蔵十王経』中には、三途の川や奪衣婆が登場し、「別都頓宜寿(ほととぎす)」と鳴く鳥が描写され、文章も和習をおびるなど、日本で撰せられたことをうかがわせる面が多分にある。冥界思想の浸透については、伝来した『正法念処経』や、源信が記したとされる『往生要集』がその端緒であると考えられている。鎌倉時代には十王をそれぞれ十仏と相対させるようになり、時代が下るにつれてその数も増え、江戸時代には十三仏信仰なるものが生まれるに至った。

    死者の審理は通常七回行われる。 没して後、七日ごとにそれぞれ秦広王(初七日)・初江王(十四日)・宋帝王(二十一日)・五官王(二十八日)・閻魔王(三十五日)・変成王(四十二日)・泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理を担当する。七回の審理で決まらない場合は、追加の審理が三回、平等王(百ヶ日忌)・都市王(一周忌)・五道転輪王(三回忌)となる。ただし、七回で決まらない場合でも六道のいずれかに行く事になっており、追加の審理は実質、救済処置である。もしも地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道に落ちていたとしても助け、修羅道・人道・天道に居たならば徳が積まれる仕組みとなっている。 なお、仏事の法要は大抵七日ごとに七回あるのは、審理のたびに十王に対し死者への減罪の嘆願を行うためであり、追加の審理の三回についての追善法要は救い損ないをなくすための受け皿として機能していたようだ。 十王の裁判の裁きは特に閻魔王の宮殿にある「浄玻璃鏡」に映し出される「生前の善悪」を証拠に推し進められるが、ほかに「この世に残された遺族による追善供養における態度」も「証拠品」とされるという。

    十王の審判に限らないが、浄土真宗では、信者はみな亡くなった時に直ちに極楽浄土に往生するため、この種の追善供養は一切ない。『歎異抄』には、宗祖親鸞は「父母のためにと思って念仏を称えたことは一回もない」とある。

    『地獄と十王図 テーマ展』金沢文庫編、神奈川県立金沢文庫、1991年12月。全国書誌番号:92016979、NCID BN07027893。
    澤田瑞穂『地獄変:中国の冥界説』平河出版社、1991年7月、修訂版。ISBN 978-4-89203-197-7。
    鈴木あゆみ「仏教と道教の十王信仰:『仏説閻羅王授記四衆逆修生七往生浄土経』と『玉歴至宝鈔』における閻魔の地獄」(『比較思想研究』33、2006年)
    清水邦彦「『地蔵十王経』考」(『印度學佛教學研究』51(1)、2002年)
  5. 大集部 (大正蔵) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 大集部_(大正蔵)

    大集部(だいしゅうぶ)とは、大正新脩大蔵経において、『大集経』に関連する仏典をまとめた領域のこと。 『地蔵菩薩本願経』などを含む。 第8番目の部であり、収録されている経典ナンバーは397から424まで。巻数では13巻に相当する [1]。

  6. 薬師瑠璃光如来本願功徳経 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 薬師瑠璃光如来本願功徳経

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』. ナビゲーションに移動 検索に移動. 『 薬師瑠璃光如来本願功徳経 』(やくしるりこうにょらいほんがんくどくきょう、 梵: Bhaiṣajyaguru-vaiḍūrya-prabhā-rāja Sūtra 、薬師瑠璃光如来経)、通称『 薬師経 ...

  7. 十地経 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 十地経
    • 概要
    • 影響
    • 日本語訳
    • 関連項目

    菩薩の修行位階(bhūmi, ブーミ)が十段階に分け説かれてゆく。 漢訳経典としては、 1. 竺法護訳 『漸備一切智徳経』(大正蔵285) 2. 鳩摩羅什訳 『十住経』(大正蔵286) 3. 尸羅達摩訳 『仏説十地経』(大正蔵287) の他、完訳『華厳経』である、 1. 仏陀跋陀羅訳 『大方広仏華厳経』(「六十華厳」、大正蔵278) 2. 実叉難陀訳 『大方広仏華厳経』(「八十華厳」、大正蔵279) がある。

    中観派の祖・龍樹はこの『十地経』の註釈である『十住毘婆沙論』を著した。その巻第五「易行品第九」は、中国・日本の浄土教(浄土宗・浄土真宗など)にも影響を与えた。 唯識派の世親も『十地経論』という註釈書を書き、それを基に中国十三宗の1つ「地論宗」ができた。 ネパールでは『華厳経』などと共に九法宝典(Navagrantha)という扱いを受けている。

    『国訳一切経・華厳部』全4巻 大東出版社初刊1929-32年
    江部鴨村訳 『口語全訳 華厳経』(上下巻) 国書刊行会、1996年(復刻版)。初刊は1934年
    荒牧典俊訳注 『十地経 大乗仏典8』 中央公論社、1974年/中公文庫、2003年
    木村清孝校注 『新国訳大蔵経 華厳部 十住経・兜沙経・菩薩本業経・文殊師利発願経 他』大蔵出版、2007年
  8. 経集部 (大正蔵) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 経集部_(大正蔵)

    経集部(きょうしゅうぶ)とは、大正新脩大蔵経において、先行する8つの部には分類されない、残りの顕教 仏典をまとめた領域のこと。 『薬師経』『弥勒経』、『維摩経』『金光明経』『楞伽経』『解深密経』等を含む。 第9番目の部であり、収録されている経典ナンバ ...

  9. 本縁部 (大正蔵) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 本縁部_(大正蔵)

    本縁部(ほんえんぶ)とは、大正新脩大蔵経において、『阿含経』関連経典以外の『本生経』『仏所行讃』『法句経』といった釈迦に関連する仏典をまとめた領域のこと。 パーリ語経典の小部(クッダカ・ニカーヤ)に概ね対応する。 第2番目の部であり、収録されている ...

  10. 愛知県の寺院一覧 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org › wiki › 愛知県の寺院一覧

    愛知県の寺院一覧(あいちけんのじいんいちらん)は、愛知県の寺院を市町村毎に一覧形式でまとめたものである。 寺院名 所在地 宗派 本尊 公式サイト 備考 薬師寺 牛川薬師町63 天台宗 神宮寺 魚町79 天台宗 大日如来 [1] 波切不動教会