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  1. 台北市 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台北市

    台北市(たいほくし、タイペイ市、繁体字中国語: 臺北市台北市、注音: ㄊㄞˊ ㄅㄟˇ ㄕˋ、国語拼音:Táiběi Shì、英語: Taipei、台湾語:Tâi-pak-tshī)は、台湾島北部にある中華民国の直轄市。 1967年 7月1日、台湾省管轄下の行政区域(省轄市)の中で初めて直轄 ...

    • Táiběi Shì
    • 臺北市
    • たいほくし
    • 271.7997 km²
  2. 大同区 (台北市) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/大同区_(台北市)
    • 地理
    • 歴史
    • 教育
    • 観光

    大同区は台北市西部に位置し、台北市で最も古くから開発が進んだ地区である。孔子廟や保安宮などの旧跡が区内に現存している。古くからの商業街として迪化街が有名であり、食材や漢方薬などを扱う店が軒を連ねており、春節前には多くの買い物客で賑わう。

    大同区は旧名を巴浪泵と称した。1763年、余文儀が表した『台湾府志』に大浪泵庄の記載が初見される。 1844年には山の形が龍に似ていることから大龍峒と称されるようになり、日本統治時代には大龍峒町が設置された。戦後は台北を10区に行政改編する際に、大龍峒町、蓬莱町、太平町、大橋町、河合町を統合し区として改編され、区内に孔子廟と大同街が位置したことより、孔子の唱える大同の精神に由来し大同区と命名された。1990年に南に位置する建成区と延平区を編入し、現在に至っている。

    高級専業学校

    1. 台北市立稲江高級商業職業専門学校

    高級中学

    1. 台北市立明倫高級中学 2. 台北市立成淵高級中学 3. 私立天主教静修女子中学

    国民中学

    1. 台北市立建成国民中学 2. 台北市立忠孝国民中学 3. 台北市立民権国民中学 4. 台北市立蘭州国民中学 5. 台北市立重慶国民中学 6. 成淵高級中学付属国中部 7. 私立天主教静修女子中学付属国中部

    • 北緯25°03", 東経121°30"
    • 大同區
    • だいどう、たいどう
    • 5.6815 km²
  3. Category:台北市 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/Category:台北市

    Category:台北市. ナビゲーションに移動 検索に移動. 全ての座標を示した地図 - OSM. 全座標を出力 - KML. 表示. ウィキメディア・コモンズには、 台北市 に関連するカテゴリがあります。. 台湾の行政区分. 桃園市 | 新北市 | 台北市 | 基隆市. 苗栗県 | 新竹市 | ...

  4. 中正区 (台北市) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/中正區_(臺北市)

    歴史 1990年に城中区と古亭区が合併して誕生した。 区内に中正紀念堂が位置していることから中正区と命名された。 城中区は日本統治時代の文武町、書院町、乃木町、栄町、大和町、京町、本町、表町、明石町、北門町、樺山町、幸町、東門町、旭町、末広町、寿町、築 ...

    • 北緯25°01", 東経121°31"
    • 中正區
    • ちゅうせい-く
    • 7.6071 km²
  5. 台湾 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台湾

    首都 台北市 最大都市 新北市(人口:3,997,189人) 人口統計 人口 23,590,744人(2019年時点) 人口密度 650 /km 2 (1,680 /sq mi) 民族 台湾漢民族 (閩南人, 客家人, 外省人) : 96.7% 台湾原住民 : 2.3% テンプレートを表示

    • 3,952 m (12,966 ft)
    • 太平洋
    • 136位
    • 36,197 km² (13,976 sq mi)
  6. 東門町 (台北市) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/東門町_(台北市)

    台北州. 市. 台北市. 等時帯. UTC+8 ( 西部標準時) 東門町 (とうもんちょう)は、 日本統治時代 の 台北市 の行政区。. 台北城外 の東部、現在の徐州路、仁愛路一、二段、信義路二段などに相当する。.

  7. 台北市市区公車 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台北市市区公車
    • 概要
    • 歴史
    • 現行運賃制度
    • 路線

    現在聯営バスは総計15社の業者によって構成され(各路線はその大部分が単一業者による運営であるが、複数業者による共同運行路線もある)、その他に脱退した業者が一社存在する: 現在の参画業者 1. 大都会客運(台北市営の「台北市公共汽車管理処」が民営化されたため新たに設立された業者) 2. 欣欣客運(中国語版) 3. 大有巴士(中国語版) 4. 大南汽車(中国語版) 5. 光華巴士(中国語版) 6. 中興巴士(中国語版) 7. 指南客運(中国語版) 8. 台北客運(中国語版) 9. 三重客運(中国語版) 10. 首都客運(中国語版) 11. 新店客運(中国語版) 12. 新北客運(中国語版) 13. 淡水客運(中国語版) 14. 東南客運(中国語版) 15. 基隆客運(中国語版) 脱退業者 1. 福和客運(中国語版) 各バス業者は契約方式をもって聯営バスに参画し、「台北市聯営バス管理委員会」(略称「聯管会」)を共同組成して運営方針決定機関とし、管理委員会の下に設置された「台北市聯営バス管理センター」(略称「聯管センター」)を業務執行機関とする。運営上は統一された停留所や待合室を設置・各業者で共用し、チケットや運賃収受方式を共通化する以外各業者の会社組織、資産(営業用車両を含む)および法律上の権利義務関係部分は大部分において独立を保持している。財務上営業収入は統合・分配後各業者自身の必要に応じて支出する方式を採る。 この他、台北市交通局は毎年聯営バス業者(福和客運、欣和客運、淡水客運など路線が比較的少ない業者は除外)に対して二度のサービス品質評価を行い、結果を公共交通補助金の交付、新路線申請…等の参考としている(但し関連する賞罰規定の執行効果は往々にして限度があり、確実に執行されない場合もある)。新北市交通局は県轄市区バス業者に対して毎年一年評価を実施するほか、県轄市区バス全ての路線に対しても別途評価を行う。

    1976年以前、台北市市区バス業者は公営の台北市交通局(現在の大都会客運)および1969年の民営開放後に加わった、台北市交通局によって管理される4社の民営業者(欣欣客運、大有巴士、大南汽車、光華巴士)によって構成されていた。各業者は独自の乗車券を発売し、その仕組みは複雑で相互利用は不可(当時すべての路線で紙製乗車券を採用しており、異なる業者の路線への乗り換えで不便な状況が発生していた)、それぞれの片道運賃もまちまちであった。この他各業者の路線計画が不十分であったため、多くの路線重複や不足が発生していた。

    収受方式

    目下聯営バスの收費方式はICカード払いと現金払いが並行して採用されている。うち現金払いについては釣り銭が出ず、このため乗車前に小銭を準備しておくことが必要である。運賃は区間制により計算され、すべての路線は一段票(1区間)、両段票(2区間)或いは三段票(3区間)路線のいずれかに分けられる。現金は乗車時、または下車時に支払い(出入口に表示がされている)、ICカードは乗車時、降車時、2度端末にタッチする。

    運賃

    1区間あたりの運賃は台北市交通局により公式に計算され、調整および確認後市議会に提出され同意を得る(しかしバス業者と交通局では運賃調整の考え方に異なる点があり、争議を生むことがある)。名目上「単一票価」(均一運賃)となっているが、しかし実際は格差のある運賃規定が施行されている(優待料金と普通運賃の間の差額は政府によって補填されている)。現行1区間あたりの運賃は普通運賃15元;学生運賃12元(学生悠遊カードを使用して乗車する場合に限る。現金払いの場合は普通運賃を適用);老人、身体障害者および児童優待運賃8元(老人悠遊カードで無料乗車点数(ポイント)がある場合は2点が差し引かれる)。

    乗継割引

    この他ICカード使用の乗客はバス・捷運双方向の乗り換えにおいて(目下1時間以内)乗継割引を受けられ、この際適用される割引運賃は普通運賃8元;学生運賃6元;老人、身心障害者および児童優待運賃4元(老人悠遊カードで無料乗車点数(ポイント)がある場合は1点が差し引かれる)。ただし、乗り継ぎ先のバスが2区間運賃または3区間運賃の場合はそのうち1区間のみ割引運賃で計算される。2020年2月より、乗車時、下車時正しく端末にタッチしていない場合、乗継割引が受けられなくなる(2度タッチの義務化は2019年7月より施行)。

    幹線バス路線

    台北市街の主要幹線道路を直行する路線であり、「○○幹線」の規則により命名される。例:信義幹線(信義路)、敦化幹線(敦化南北路)…等。この種の路線は運輸政策の要求により他種の路線に改名されることがある。例:紅25系統に改名された南京幹線(南京東西路を運行、かつて「麦帥新城連絡バス」に改名され2007年1月再度改名された);過去において新たに開通した捷運と重複することから廃止された路線も存在する。例:忠孝幹線(忠孝東西路を運行、捷運藍線(南港線)と重複、さらにその役割は212直行車「212直行忠孝東路系統」によって代替;さらにノンステップバス政策および南港展覧館開放に合わせて新たに設定された「忠孝新幹線(現・600号線)」)。 2017年7月5日には、幹線バス路線の全面刷新が行われた。

    レジャーバス路線

    週休二日制実施後、市民のレジャースポット訪問の利便性を高めるためレジャーバスのサービスが開始された。しかし営業成績は振るわず陽明山国家公園を発着点とする4路線のみ引き続き運行され、その後特定期間のみ運行される路線が追加された。現在レジャーバスは二種類に分類され、うち一種は土休日に固定して運行されるもの(例:108系統→陽明山遊園バス;109・110・111系統→いずれも陽明山および台北市街を結ぶ路線(うち111系統は新北市新荘まで営業路線が達している))、もう一種は陽明山フラワーフェスティバル期間(毎年3月~4月頃、同時期に交通規制が実施される)或いは特定の祭日に運行されるもの(例:陽明山フラワーフェスティバル期間、海芋フェスティバル期間運行の126~131系統、及び端午節、中秋節運行の132系統)である。レジャーバス路線の系統番号は停留所標識に緑地に白字で表記され、「聯営バス」マークに台北市章が欠けておりその他一般路線の標識とは異なる。台北市立動物園は元々それを発着点とする3路線(106、107及び115系統)を有していたが、1999年から2000年にかけて廃止された。2009...

    小型バス路線

    近郊山岳地域の住民が市街地へ外出する際の利便性向上のため、1979年より山岳小型バスの運行が開始された。路線の多くは山道および僻地の狭路区間を運行し、山岳区間および僻地区間ではフリーストップ、市街地区間では固定停留所のみ停車としている。この種の路線は系統番号が全て「小」(英文表記の場合は「S」)より始まる(例:小1系統、小15系統…等)。初期において小型バス路線は大半が20人乗り小型バスによって運行され、台北市交通局路線バス課に委託経営されていた。交通局路線バス課が民営・法人化された際小型バス路線は全て譲渡され(一部の路線は路線と車両が同時に譲渡された)、大南汽車、首都客運及び東南客運によって引き継がれた。引き継ぎ業者の小型バス路線運用意欲を高めるため、多くの路線において引き継ぎ後運行区間を調整することを承認し、山岳地域住民へのサービスと運行業者の利益を考慮することになった。一部の路線は調整後山岳地区及び捷運駅間を運行するようになり、捷運連絡バスの性格を兼備し必ずしも小型バスで運行されなくなった路線もある(例:小1系統区間車(内溝—捷運昆陽駅:旧来は興南宮、南港農協一帯までの運行...

    • 区間制
    • 1977年
  8. 台北州 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台北
    • 人口
    • 行政区分
    • 医療
    • 警察
    • 専売局
    • 教育
    • 日本軍駐屯地
    • 鉱山
    • 国立公園
    • マスメディア

    昭和16年台湾常住戸口統計より 1. 総人口 1,233,882人 1.1. 内訳 1.1.1. 内地人 153,928人 1.1.2. 台湾人 1,053,372人 1.1.3. 朝鮮人 1,051人 1.1.4. その他 25,531人

    1945年当時
    背景色が■である部分は1945年以前に廃止された行政区分
    臺北帝國大學醫學部附屬病院
    赤十字社臺灣支部病院
    臺灣総督府專賣局共濟組合病院
    臺灣總督府鐵道局臺北鐵道病院

    昭和20年(1945年)当時 1. 台北州警務部 1.1. 台北南警察署 1.1.1. 萬華分署 1.2. 台北北警察署 1.3. 基隆警察署 1.4. 基隆水上警察署(基隆港) 1.5. 宜蘭警察署 1.6. 七星郡警察課 1.7. 淡水郡警察課 1.8. 基隆郡警察課 1.9. 宜蘭郡警察課 1.10. 羅東郡警察課 1.11. 蘇澳郡警察課 1.12. 文山郡警察課 1.13. 海山郡警察課 1.14. 新荘郡警察課

    昭和20年(1945年)当時 1. (専売局総局管内) 1.1. 台北酒工場 1.2. 板橋酒工場 1.3. 樹林酒工場 1.4. 台北煙草工場 1.5. 松山煙草工場 2. 台北支局 3. 基隆支局 4. 宜蘭支局 4.1. 宜蘭酒工場

    高等教育機関

    1. 臺北帝國大學(現 国立台湾大学) 2. 臺北經濟專門學校(旧台北高等商業学校)(現 国立台湾大学管理学院) 3. 台北高等学校 (旧制)(現 国立台湾師範大学) 4. 台北医学専門学校→台北帝国大学に移管(1936年) 5. 台北高等農林学校→台北帝国大学に移管(1928年) 6. 台北第一師範学校→官立台北師範学校(1943年)(現 台北市立教育大学) 7. 台北第二師範学校→官立台北師範学校に移管(1943年)(現 国立台北教育大学)

    中等教育学校

    1. 台北州立台北第一中学校(現 台北市立建国中学) 2. 台北州立台北第二中学校(現 台北市立成功中学) 3. 台北州立台北第三中学校(現 国立台湾師範大学附属高級中学) 4. 台北州立台北第四中学校(現和平高中の校址に移転予定だったが、台北第一中学に統合) 5. 台北州立基隆中学校(現 国立基隆高級中学) 6. 台北州立宜蘭中学校(現 国立宜蘭高級中学) 7. 台北州立台北第一高等女学校(現 台北市立第一女子高級中学) 8. 台北州立台北第二高等女学校(廃止、中華民国立法院がここに移転) 9. 台北州立台北第三高等女学校(現 台北市立中山女子高級中学) 10. 台北州立台北第四高等女学校(看護学校に転換、現 国立台北護理学院) 11. 台北州立基隆高等女学校(現 国立基隆女子高級中学) 12. 台北州立宜蘭高等女学校(現 国立蘭陽女子高級中学) 13. 台北州立台北工業学校(現 国立台北科技大学) 14. 台北州立台北第一商業学校(現 国立台北商業技術学院日間全日制) 15. 台北州立台北第二商業学校(現 国立台北商業技術学院夜間定時制) 16. 台北州立基隆水産学校(現 国...

    昭和11年(1936年)の平時編制 1. 台湾軍司令部(台北市) 2. 台湾守備隊司令部(台北市) 3. 台湾歩兵第1連隊(台北市) 4. 台湾山砲連隊(台北市) 5. 基隆要塞司令部(基隆市) 6. 基隆重砲兵連隊(基隆市)

    ラジオ放送局

    昭和20年(1945年)8月当時 1. 台湾放送協会台北放送局(呼出符号JFAK)

    日本語新聞

    昭和7年(1932年)当時 1. 台湾日日新報

  9. 台湾省 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台湾省
    • 概要
    • 地理
    • 沿革
    • 脚注
    • 関連項目

    二・二八事件を契機として1947年に台湾省政府が設置された。当初は台湾島と澎湖諸島(台澎地区)の全域を管轄としていたが、1967年以降に台北市、高雄市、新北市、台中市、台南市、桃園市が順次直轄市へ昇格したため、管轄範囲が大幅に縮小していった。なお、中華民国政府が1955年以降も実効支配し続ける台湾地区(中華民国自由地区)と大部分の範囲が被っているが、福建省の金門島、烏坵島及び馬祖列島(金馬地区)を一度も含んでいない点が異なる。 設置当初、省政府は管轄地区の地方自治を担う存在だった。だが、中国国民党の一党独裁体制下にある台湾国民政府が省内で戒厳令を敷き続けたため、中華民国憲法の規定に大きな制約が加えられ、地方自治行政は有名無実化していた。戒厳解除後の1990年代には政治の民主化が進んだが、同時に中央政府の行政効率化も進められ、1998年以降は地方自治体としての機能を「凍結」(停止)させられ、中央政府(行政院)の出先機関に変質した。

    台湾省は略称を「台」(たい)と称し、中国大陸とは台湾海峡を隔てた場所に位置する台湾島の大部分、澎湖諸島、及び尖閣諸島(中国名:釣魚台列嶼)を領域とする。ただし、尖閣諸島は日本が沖縄県の一部として実効支配しているため、統治権が及んでいない。 北は東シナ海、東は太平洋、南西は南シナ海に面しており、北西は台湾海峡を挟んで福建省と、東は日本と、南はバシー海峡を挟んでフィリピンと接している。 台湾島の地理についての詳細は、台湾#地理を参照のこと。

    前史

    1683年に台湾と澎湖諸島を自国領に編入した清朝は、当初は台湾・澎湖を独自の行政区分とせず、既存の福建省に所属させていた。だが、19世紀後半に列強の帝国主義政策が中国にまで影響を与えるようになると、日本等に対する国防上の観点から清朝は台湾の必要性を認識し、1885年に台湾・澎湖を福建省から分離して福建台湾省(中国語版)を新設した。しかし、1895年に日清戦争で清が日本に敗北すると、下関条約によって清朝は台湾と澎湖諸島を日本に割譲することが取り決められ、福建台湾省は設置からわずか10年で廃止された。その後、日本政府は台湾・澎湖を日本領台湾として台湾総督府の統治下に置いたが、1945年に第二次世界大戦で日本が敗北したことによって、台湾は連合国の委託を受けて台湾に進駐してきた中華民国軍の統治下に入り、50年にわたる台湾総督府の統治が終焉した(台湾光復)。

    台湾国民政府時代

    台湾に軍を進駐させた中華民国・南京国民政府は、1943年のカイロ宣言における取り決めを基にして台湾を自国領に編入し、台湾省行政長官公署(1945年)や台湾省議会(1946年)を設置して統治に当たらせていた。しかし、行政長官公署の統治に対して台湾住民は反発を募らせていき、1947年には 二・二八事件が勃発するまでになった。その為、中華民国政府は事件鎮圧後に行政長官公署を廃止し、1947年5月17日に台湾省を設置することで台湾の統治体制をより強固なものとしていった。だが、 国共内戦における中華民国軍の敗北によって、 1949年10月1日に中国共産党が中華人民共和国政府を建国すると、南京国民政府は中央政府機構を同年12月に全て台湾島へ移して共産党との内戦を続け、同時に冷戦における共産主義の防波堤という役割も果たしていった。この間に、「共匪の反乱鎮圧」を理由に南京国民政府は動員戡乱時期臨時条款(1948年)や台湾省戒厳令(中国語版)(1949年)を相次いで制定し、台湾省の自治機能に影響を与えていった。 中華民国の台湾省は、1947年の設置時点では清朝時代の台湾省と所轄区域が同一であり、省...

    民主化と虚省化

    その後1990年代になると李登輝総統(任期:1988年~2000年)の民主化政策により、1994年に台湾省政府の首長である台湾省長(中国語版)が、1996年に中華民国総統が相次いで民選化された。しかし、これにより国土の97%、人口の85%(1997年)から選出される台湾省長の得票数が総統のものを上回る可能性が生じた。 政府は、1997年の憲法増修条文第四次改憲によって、1998年12月20日をもって台湾省の省としての機能を「凍結」した。その結果、省政府は行政院の出先機関として中央政府に組み込まれ、同時に地方選挙で選出されていた省長と省議会もそれぞれ省主席と省諮議会に改組された。この一連の動きを、台湾では「虚省化」と呼んでおり、以降の省主席や諮議会議員は行政院長が指名し、総統が任命する研究・儀礼的活動が主な業務の存在となっている。 なお失職する省議員への救済策として、立法院の定数は台湾省議会の定数分増加し、164名から225名となった。これは2005年の第七次改憲によって立法委員定数が半数に削減されるまで続いた。 また、台湾省の下にあった5省轄市16県は、「凍結」以降は中央政府の内...

    ^ 自由評論網. “歷史上的今天》這個議會 再也不見! - 自由電子報 自由評論網”. talk.ltn.com.tw. 2020年7月14日閲覧。
    ^ a b 賴清德拍板!省政府7月1日解散、省級機關預算將歸零
    ^ 國家發展委員會 (2018年6月23日). “臺灣省政府走入歷史 國發會接續服務展新局”. 國家發展委員會. 2020年7月17日閲覧。
    ^ a b c “賴清德:108年省級機關預算全歸零 | 政治 | 重點新聞 | 中央社 CNA” (中国語). www.cna.com.tw. 2020年7月14日閲覧。
    台湾省を実効支配する政府に関する内容は中華民国
    中華民国の地方自治体としての台湾省に関する項目は下記の通り
    中華民国の公式な行政区分については中華民国の行政区分
  10. 児玉町 (台北市) - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/児玉町_(台北市)

    児玉町(こだまちょう)は、日本統治時代の台湾における台北市の行政区画。一丁目から四丁目までで構成された。千歳町の西に位置した。現在の南昌街一段と二段、湖口街、南海路、寧波西街、福州街の一部が児玉町に含まれる。 台湾総督を務めた児玉源太郎を記念して ...

  1. 台北市 wikipedia 相關
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