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  1. XTEEN - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/XTEEN
    • 略歴
    • 脚注
    • 外部リンク
    2018年2月25日 - 代アニLIVEBASE西麻布にて初ライブ。メンバーは、姫草のあ(ひめくさのあ)、六苑あんず(むおんあんず)、東雲一加(しののめいちか)、神功ロイ(じんぐうろい)、桐島なるみ(きりしまなるみ)の5人。5人でデビューの予定だったが、神功ロイは、ライブ前に脱退。
    2018年4月25日 - デビューシングルCD「Eclipse」発売。ギターにSAKI(Mary’s Blood)が参加。
    2018年5月8日 - 渋谷O-NESTのライブで、六苑あんず、桐島なるみが脱退。
    2018年5月13日 - 目黒鹿鳴館のライブで、楔條詩苑(くじょうしおん)が加入。
    ^ 2月25日お披露目!黒服系ホラーパンク・アイドルユニット“XTEEN(クリスティーン)
    ^ 2月25日お披露目!黒服系ホラーパンク・アイドルユニット“XTEEN(クリスティーン)| livedoorNEWS
    ^ XTEEN初シングル『Eclipse』4/25リリース決定| billboard-japan
    ^ XTEEN初シングル『Eclipse』4/25リリース決定| billboard-japan
    XTEEN (@xteen_official) - Twitter
    XTEEN OFFICIAL - YouTubeチャンネル
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  2. 台湾の人物一覧 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台湾の人物一覧
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  3. 学戦都市アスタリスク - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/学戦都市アスタリスク

    『学戦都市アスタリスク』(がくせんとしアスタリスク)は、三屋咲ゆうによる日本のライトノベル。MF文庫J(KADOKAWA)により2012年より刊行。 イラストレーションはokiuraが担当。 コミック版が『月刊コミックアライブ』で連載された(作画:にんげん)。

  4. 深夜食堂 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/深夜食堂_(漫画)

    『深夜食堂』(しんやしょくどう)は、安倍夜郎による日本の漫画。2006年10月に小学館発行の漫画雑誌『ビッグコミックオリジナル増刊』に読切一挙3話掲載で初登場。 それ以降、1回に2話掲載、出張宣伝漫画などを経て、2007年8月からは『ビッグコミックオリジナル』 ...

  5. 第四回中華民国立法委員選挙 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/第4回中華民国立法委員選挙

    第四回中華民国立法委員選挙(だい4かい ちゅうかみんこく りっぽういいんせんきょ)は、中華民国の立法府である中華民国立法院の委員(議員)を選出するため1998年 12月5日に行われた選挙である。

  6. 霊幻道士・キョンシーマスター - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/霊幻道士・キョンシー...
    • ストーリー
    • 登場人物
    • スタッフ

    キョンシーを吸血神と祀り、生贄を捧げる村にやって来た道士毛小方。村でキョンシーの玄魁と対決するが決着はつけられなかった。 玄魁を追い香港にやって来た毛は楊飛雲と知り合い、彼の勧めで香島道堂を開く。時を同じくして旧日本軍の将校酒井が幽影と化して蘇り、余大海の娘碧心がさらわれてしまうのだった。

    毛小方(モウ・シウフォン)

    1. 演:ラム・チェンイン(林正英)、吹替:青野武 2. 天道派の道士。宿敵であるキョンシー玄魁を追って旅をしていたが、香港に道堂を開いて暮らすことになる。

    阿帆(ファン)

    1. 演:ピーター・ヨン(容錦昌)、吹替:増岡太郎 2. 毛小方の弟子。

    鍾邦(チョン・ボン)

    1. 演:ウォン・シューケイ(王書麒)、吹替:鉄野正豊 2. 警察に勤める青年。天才的な道術の才能を持つ。

    製作:ヨン・シウフン(楊紹鴻)
    監督:ワン・ワイゲイ(温偉基)、チャン・サンハップ(陳新侠)
    脚本:シン・シウリン(冼少玲)、ラウ・チョンイン(劉俊賢)
    武術指導:マー・ヨクセン(馬玉成)
  7. 亀茲 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/亀茲
    • 政治体制
    • 民族・宗教
    • 言語・文字
    • 遺跡
    • おもな亀茲王
    • 脚注
    • 参考資料
    • 関連項目

    古くから国王を戴く王国であり、王姓は白氏である。王治(首都)は延城。戸数:6970、人口:81317、兵士:21076人。大都尉丞・輔国侯・安国侯・撃胡侯・卻胡都尉・撃車師都尉・左右将・左右都尉・左右騎君・左右力輔君が各一人、東西南北部千長が各二人、卻胡君が三人、譯長が四人いた。南は精絶(せいぜつ:チャドータ)、東南は且末(しょまつ:チャルチャン)、西南は拘弥(こうび)、北は烏孫(うそん)、西は姑墨(こぼく:アクス)と接する。鋳造・鍛冶ができ、鉛がある。都護治所の烏塁城から東へ350里の位置にある。

    住民の多くは、トカラ語を話したトハラ人。古くから仏教信仰が盛んであり、なかでもキジル石窟は有名である。中国へ南北朝時代から唐代までの間に渡来した「白(帛)」姓の西域出身の僧の多くは、クチャの出身とされる。

    亀茲の言語は、インド・ヨーロッパ語族のケントゥム語派に属するトカラ語派のクチャ語(西トカラ語、トカラ語B)であったとされ、インド・ヨーロッパ語族の中でも孤立した特異な言語とされる。文字はインドのブラーフミー文字や、それに似たトカラ文字を使用した。

    前漢の時代 1. 絳賓 2. 丞徳…絳賓の子 後漢の時代 1. 則羅…莎車に立てられる 2. 身毒…匈奴に立てられる 3. 建…匈奴に立てられる 4. 尤利多(? - 91年) 5. 白霸(91年 - ?)…班超に立てられる 6. 白英 晋代 1. 白山 2. 龍会…焉耆王 3. 白純 4. 白震…純の弟 隋代 1. 白蘇尼咥 唐代 1. 白蘇伐勃駃 2. 白蘇伐畳…蘇伐勃駃の子 3. 白訶黎布失畢…蘇伐畳の弟 4. 白?(葉護)…訶黎布失畢の弟 5. 白訶黎布失畢…復位 6. 白素稽…訶黎布失畢の子 7. 延由跋 8. 白莫苾 9. 白多匝…莫苾の子

    ^ 『漢書』地理志下・上郡・亀茲の注に「応劭曰:音丘慈」とあり
    ^ 『後漢書』(西域伝)
    『漢書』(西域伝)
    『後漢書』(西域伝)
    (『三国志』)『魏略』西戎伝
    『晋書』(四夷伝 西戎)
  8. 孫権 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/孫権仲謀
    • 生涯
    • 人物
    • 評価
    • 逸話
    • 年譜
    • 続柄
    • 参考文献
    • 関連項目

    家系について

    清代の『四庫全書』の記載によると、先祖は春秋時代の兵法家・孫武に遡るとされ、実際には孫権の祖父を初めとしてどのような家柄の生まれであったのか真偽のほどは不明である。

    幼年・少年期

    182年(光和5年)、父の孫堅が下邳県丞であった時、五男三女の第四子(次男)として生まれた。 184年(光和7年)、太平道の張角によって勃発した宗教的な反乱である黄巾の乱の鎮圧のため、孫堅は漢王朝の中郎将であった朱儁の下で参戦、孫権と母の呉氏や兄弟たちを九江郡寿春県に残した。189年(中平6年)、兄の孫策に連れられ廬江郡舒県の周瑜屋敷に移住した。191年(初平2年)、孫堅が黄祖の部下に射殺された(襄陽の戦い)。葬式が終わった後、一時的に広陵郡江都県に移り住み、呉夫人はそのまま遺児を扶養した。 193年(初平4年)、孫策は袁術の旗下に入った際、呂範を遣わして家族を曲阿に住む呉景の元へ送り届けた。翌年、孫策は袁術の為に廬江を攻めた。揚州の刺史劉繇は袁術と孫策を恐れて対立の構えを取って、呉景が丹陽郡を追われた。この時、孫策の家族はことごとく劉繇の地盤に在ったため、朱治は人を曲阿に使わして呉氏および孫権と弟たちを引き連れて脱出し、これを保護した。母と共に歴陽や後の阜陵に移住した。 195年(興平2年)、孫策が劉繇軍を破った後、孫策は曲阿に入って、部将の陳宝を阜陵に派遣して一族を迎えた。1...

    政権を担う

    200年春、19歳で孫策の遺命を受けて家督を継いだ。張昭に師傅の礼を執り、父や兄から引き継いだ家臣の周瑜・朱治・程普・呂範らをまとめあげると積極的な人材登用を行い、内政を整え、兄から受け継いだ国土を安定させ、巧みな内政手腕を発揮して江東を治めた。周瑜から「主君は賢者に親しみ士人を尊重され、奇才を認め異能を取り上げておられます。先哲によって天命を承けて劉氏に代わる者は必ず東南に興り、最終的に帝業の基を築き上げられます」と予言され、そして魯粛を薦められた。魯粛は「漢を復興することなどは無理なことであり、曹操もそう簡単には取り除くことが出来ません。北方の騒乱に乗じて黄祖・劉表を攻めて荊州を制圧し、長江を北岸として割拠してから、自ら帝王を名乗るべきです」と提案した。その後も陸遜・諸葛瑾・歩騭・顧雍・是儀・厳畯・呂岱・徐盛・朱桓・駱統らを登用した。江東六郡が不安定な中、五郡が孫権に反旗を翻すと、多くの人々が江東から逃げ出して中原に逃げた。山越が江東に対して反乱を起こしたため、軍隊を諸将に分けて山越を鎮撫し、命令に従わぬ者を討伐させた。一方、孫翊や孫河が媯覧に殺害され、従兄弟の孫暠が反乱を企...

    風貌

    1. 高貴な人相であったとされ、あごが張って、口が大きく、瞳にはキラキラとした光があった。漢の劉琬が16歳の孫権を見て、「自分が孫氏の兄弟を観たところ、中弟の孝廉(孫権)だけは形貌は奇偉で骨体は世のつねの人ではなく、非凡で高貴な位に上る相がある。また天寿も最も長いだろう」と言ったという話が残っている。 1. 後世の文人によって傑出した若君として描かれている。南宋の詞人辛棄疾の『南郷子・登京口北固亭有懐』には「天下英雄誰敵手 曹劉 生子当如孫仲謀」と歌われている。 唐の「歴代帝王図巻」では、手には麈尾を持ち、その指導力が高く評価された。 1. 小説『三国志演義』では、「碧眼紫髯 堂堂一表」と堂々とした風采の持ち主として描写されている。「碧眼児」(青瞳の童)と呼ばれる。

    性格

    1. 度量が広く朗らかで、優しいだけでなく決断力があり、侠気を好み士を養った。 1. 言動がおどけていて、無茶苦茶な冗談を飛ばしてからかった 1. 曹丕と鍾繇は「嫵媚」という形容を使い孫権の柔軟な物腰を評している。 1. 質素倹約を好んだ。即位後、建業に新たな宮殿を建てたりせず、今までの将軍府を使い続けていたが、やがて老朽化が進んだ。そこでやむなく、築28年ほどの武昌宮を解体して資材にして修繕した。また後宮の女性も、糸つむぎの仕事をする女官なども含めて百名に足らない程度しか置かなかった。

    趣味

    1. 狩りが好きで、日が暮れるまで没頭するのが常だった。北宋の詩人蘇軾の『江城子・密州出猟』には「親射虎 看孫郎」と歌われている。 1. 張遼の言によると、武芸においては馬をよく操り、騎射が得意であったという。 1. また書を好み、隷書・草書・行書が巧みで、唐の張懐瓘の『書估』では、「奇材見抜 絶世難求」と評されている。

    諡号は大皇帝。「大」という諡は、「天の法則に従って、堯を手本とした(則天法堯)」という意味を持つ。
    呉への使者を務めた趙咨が魏の曹丕に尋ねられた際、「聡明・仁智・雄略」と評している。
    正史『三国志』撰者の陳寿は、「孫権は、身を低くし辱を忍び、才能ある者に仕事を任せ綿密に計略を練るなど、越王勾践と同様の非凡さを備えた、万人に優れ傑出した英雄であった。さればこそ江南の地を自らの物とし、三国鼎立をなす呉国の基礎を作り上げることができたのである」と功績を称えるも「その性格は疑り深く、容赦なく殺戮を行い、晩年に至ってそれが愈々募った」と評し、「その結果、讒言が正しい人々の行いを断ち...
    『三国志』の撰者陳寿は、孫権の廃嫡問題が呉の滅亡の遠因になったと評しているが、注を付けた裴松之は、それに反論し、「孫権は罪ない息子を廃して、乱の兆をつくったとはいえ、国の滅亡は、もちろん暴虐な孫晧にその原因があったのである。もし孫権が孫和を廃さなかったなら、孫晧が正式の世継ぎとなって、結局は滅亡にいたったのであって、事態に何の違いがあったであろう。」と述べている。
    読書の範囲が広く、『詩経』『書経』『礼記』『国語』『左伝』『史記』『漢書』『東観漢記』を歴読したが、ただ『易経』だけは読まなかった。
    六振りの宝剣と三振りの宝刀を所持していたという。剣はそれぞれ「白虹」「紫電」「辟邪」「流星」「青冥」「百里」と命名された。刀はそれぞれ「百錬」「青犢」「漏影」の名を付けられた。
    将兵は凱旋帰国すると、孫権は河原で将兵を労り、花を散らす。現在も湖北省鄂州市・黄石市などの市に「散花洲」と呼ばれる観光地が残っている 。
    濡須口の戦いの際、自ら軽船に乗って曹操の軍営に入った。孫権が大船に乗って偵察に現れたので、曹操はさかんにそれを射させた。矢は船にあたり、船が(矢の重みで)転覆しそうになった。孫権は船を反転させ、もう片方でも矢を受けることで船を水平にして、帰還した。曹操は孫権軍の舟船・武器・軍隊が整然厳粛としているのを見て、感嘆してこう言った。
    徐盛や朱然といった面々は寒門出身の周泰の指揮下に入っていたが、誰も周泰の指示に随おうとはしなかった。孫権は諸将を集めて濡須塢で宴を開き、その席上でいきなり周泰に服を脱がせ、孫権を守るために刻まれた傷の由来を一つ一つ語らせ、周泰はかつて戦闘があった場所を全て覚えており、孫権の問いに一つ一つ答えていった。孫権は周泰の腕を握って涙を流した。翌日、孫権は周泰に御用の儀仗傘を授けた。孫権が濡須を去る時...
    張飛はかつて、劉巴のもとに泊まったことがあった。劉巴が彼と話もしないので、張飛はかんかんに腹を立てた。諸葛亮が劉巴に向かって、「文武を結束して、大業を定めようとしているので、少し我慢してください」というと、劉巴は、「大丈夫がこの世に生きていくからには、当然四海の英雄と交わるべきです。どうして兵隊野郎なんかと語り合う必要がありましょうか」といった。この話を聞いた張昭が孫権に対して、「主君である...
    196年(建安元年) - 15歳のとき、朱治によって孝廉に推挙される。厳象によって茂才に推挙される。
    200年(建安5年) - 急死した兄孫策から後継者に指名され、19歳で家督を継ぎ、江東一帯の主となる。曹操の上表により会稽太守・討虜将軍に任じられる。任地には赴かず、呉に本拠を構える。
    209年(建安14年) - 妹を劉備に嫁がせる。

    父母

    父 1. 孫堅 母 1. 呉夫人

    兄弟姉妹

    1. 孫策 2. 姉(弘咨妻) 3. 姉(陳某妻、娘が潘濬の次子の潘祕に嫁ぐ) 4. 孫翊 5. 孫匡 6. 孫朗 7. 孫夫人

    后妃

    1. 謝妃、徐妃(即位前の正室) 2. 皇后:潘淑 3. 夫人:歩練師、琅邪王夫人、南陽王夫人、袁夫人、趙夫人 4. 謝姫、仲姫

    陳寿、裴松之注『正史 三国志』、井波律子・今鷹真・小南一郎 訳・解説(ちくま学芸文庫全8巻、1992 - 93年)、※呉書は6・7・8巻、小南一郎訳。
    王敏 編『中国歴代王朝秘史事典』、河出書房新社、1999年、ISBN 4-309-22339-7。
    金文京『中国の歴史04 三国志の世界』、講談社、2005年、ISBN 4-06-274054-0。
  9. 楼閣 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/楼閣
    • 日本
    • 中国
    • 慣用句
    • 関連項目

    日本における楼閣建築の始まりは弥生時代の望楼(見張り台)に求められる。しかし一般的には重層の建築物はほとんど利用されず、外見上重層である仏塔も一階のみに部屋を設け二階以上は屋根だけをかける場合が多かった。貴族の邸宅に見られる寝殿造、書院造も平屋建てを前提とした様式であった。室町期以後、禅宗の隆盛とともに大陸風の楼閣寺院、茶室が出現する。重層建築は意匠として重要であったほか、眺望が利く高層部は天下を睥睨する意図も併せ持っていた。その例として京の金閣(1398年築・1955年再建)、銀閣(1489年築・現存)がある。一方、16世紀後半に、軍事的必要性および戦国大名の一円支配強化から、望楼を起源とする「天守」(天守閣)が現れ、城郭建築の象徴として一世を風靡することとなる。他方、寺院における楼閣建築も日本独自の発展を見せ、西本願寺の飛雲閣など優れた木造楼閣が現れることとなる。近世に至ると都市部の旅館(旅籠)では土地の有効利用の目的もあって2階に客間を設けるものが多くなる。明治維新を迎えると浅草凌雲閣(浅草十二階)など煉瓦造のものが現れる。

    「楼」(=樓)とは重層の建物、「閣」とは御殿や櫓など高所の建造物を意味し、これらを総称して楼閣という。中国では国家的大事業の記念や政治的示威の目的をもって、多くが河畔、臨海に建設された。また、城門には城楼が併設されるのが常であったため、これらも貴重な楼閣遺構として見ることができる。木造のものとして最古の遺構は、遼代に建立された独楽寺観音閣(984年築、天津市薊州区(けいしゅうく))である。 河畔に佇む大廈高楼は多くの詩家にも好んで詠まれ、李白の「黄鶴楼送孟浩然之広陵」や、崔顥(約704年-754年)の「黄鶴楼」など興趣に富んだ佳作を生むこととなった。

    空中楼閣 - 実現不可能なことから架空のことを意味する。あるいは蜃気楼のこと。
    砂上の楼閣 - 一見立派であるが基礎が柔らかいためすぐに崩壊してしまうこと。新約聖書(山上の垂訓、マタイ7:26)から。
    摩天楼 - 天にもとどきそうな高い建物のこと。超高層ビルのことを俗にいう。
    綺楼傑閣 - 美しい楼に優れた閣。
  10. 鏡花縁 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/鏡花縁
    • ストーリーの概略
    • 作者について
    • 評価
    • 女権の提唱
    • 鏡花縁の種本
    • 内容
    • 登場人物
    • 目次
    • 注釈
    • 参考文献(日本語版)

    本書は3つの部分に分けられる。第一部は、第一回から第6回までで、神が下界に生まれ変わるという神話の枠組みを使って、『鏡花縁』の物語の発端を書く。第二部は、第7回から第50回までで、文士の唐敖の海外歴訪と唐小山が父を尋ねる旅を描き、最も人気のある部分である。第3部は、第50回から始まる。第二部と第三部の時代は唐代から武周(武則天時代)にかけて。舞台は、中国とその架空の周辺国である。 天界から下界に追放された百人の仙女たちが、百人の才女に転生する。百人は科挙の女試を受験し、全員が合格する。そのうちの一部がそれぞれ、仙女にもどる、女児国の王やその側近となる、唐王朝復興の義兵に加わるという次第を描く。 ストーリーの詳細については#内容を参照。人物については#登場人物を参照。

    作者の李汝珍は、字は松石といい、順天府大興の出身、清代乾隆帝時代の人である。生年は1763年頃、没年は1830年頃と推測され、人生の多くを海州で過ごした。多岐にわたる学問に通じ、音韻学において特に優れていた。科挙に合格しなかったと見られるが、考証学が盛んであった時代背景を反映して、雑学にもわたる博学ぶりは鏡花縁からも伺える。1805年に「李氏音鑑」を著す。1826年頃に鏡花縁を書き上げたと見られる。

    本作は、魯迅の分類では、「才学小説」(才学をあらわすための小説)にあたる。作中に作者の博識な才学をいれるもので、『衒学的』、『知識をむやみにふり回している』、『相当な教育のある中国人にとっても退屈極まるもの』という厳しい評論を受けている。特に松枝茂夫は『正直のところ睡魔と闘うことだけでも手一杯だった』と述べている。 反面、男女平等論に言及し、女性を主役とする中国小説でありながら、色恋がないところに特色がある。また、科挙そのものは否定しないながらも、科挙のための学問に疑問を呈している表現を見られる。海外の架空の諸外国人の描写を通して、激しい風刺を行っており、思想の先進性が評価されている。 また、海外旅行小説といった要素もあり、この点について、松枝茂夫は『見方によればこれは非常に面白い小説』という評価をし、周作人も高く評価している。この点、ジョナサン・スウィフトのガリバー旅行記と比較されることも多い。 評価を受ける部分のほとんどが前半部分に集中していることも特色としてあげられる。

    『鏡花縁』の中には、“女権提唱”的な描写が見られる。例えば第七回で小山は唐敏関に科挙の受験について尋ねる。「男に男の科挙があるのなら、女にも女の科挙があるのでしょう。私達女の科挙は何年おきにあるのですか?おじさん、説明してくださいよ。私も努力して、早いうちに準備をします。(……自然男有男科,女有女科了。不知我們女科幾年一考?求叔叔說明,姪女也好用功,早做準備。)」胡適は「李汝珍が見たのは何千年も粗略にされてきた婦女問題であり、彼はこの問題を提出した中国で最初の人間である。彼の『鏡花縁』は婦女問題を討論する小説である。(李汝珍所見的是幾千年來忽略了的婦女問題,他是中國最早提出這個問題的人,他的《鏡花縁》是一部討論婦女問題的小説。」と述べ、「この書は将来中国女権史上で光栄ある位置を占めるであろう。(此書將來在中國女權史上一定會佔一個很光榮的位置。)」と考えた。 1992年、鮑家麟は「李汝珍的男女平等思想」という文章で、以下の様な『鏡花縁』の「反伝統女権」思想を指摘した。 1. 纏足反対 2. 外見の美の偏重反対 3. 女子教育の提唱 4. 女子参政の提唱 5. 二重の貞操標準の反対 6. 婦女の社会福利の関心

    『鏡花縁』自体はフィクションであるが、作中の海外の国、異獣奇花には参考とした文献があり、特に訪れる国の描写は『淮南子』に記されている海外三十六国の記述、『山海経』や『博物誌 (張華)(中国語版)』などの古代地理博物小説を改編・剽窃したものである。 夏志清(中国語版)は「彼が最も関心があったのは、『山海経』や『拾遺記』や『博物志(中国語版)』などの地理典籍の中の驚くべき異国や人物や野獣をよみがえらせることであった」としている。

    百人の花仙、人界に降りる

    三月三日、西王母の誕生日に、仙女が集まる。この席で、嫦娥が百花仙子に、「百花を一斉に咲かせるように」と言う。しかし、百花仙子はこれを断る。それから、かなりの年月が過ぎ、天星心月狐という天星が下界で生まれ変わり、武則天となっていた。彼女は、徐敬業や駱賓王の反乱を鎮圧し、中宗を追い、武周をうち立て、女性の身で皇帝となる。武則天は、気まぐれで冬に「百花斉放(いろいろな花が咲く)」の命を下した。時に百花仙子は麻姑と碁を打っており、洞府にいなかったので、花を司る神は武則天の命令を恐れ、次々に花を咲かせ、牡丹だけが遅れて咲き、貶しめられ洛陽に植えられた。天帝は百花仙子が陰陽を乱し,「時ならずして咲き、地上の王に媚びた(呈豔於非時之候,獻媚於世主之前)」として、罰として百花仙子と九十九人の花仙(花を司る仙人)を地上に生まれ変わらせて流罪にした。そして海外をめぐり、艱難辛苦をくぐって、やっと罪が許されるとした。百人の仙人は、中国や海外の人間の女性の身に生まれ変わる。(第1回~第6回)

    唐敖、海外に出発する

    百花仙子は嶺南の文士の唐敖の家に生まれ変わり、唐小山として生まれた。それから十数年が過ぎ、嶺南にすむ唐敖という人物が、科挙に探花(第3位)として及第していた。しかし、徐敬業と親しくしていたという理由により、武則天によって、元の秀才(科挙受験生)にもどされる。望みを失っているところに、老人に遇い、「海外にいる12人の名花を探し出し、保護した上で、修行を行えば、小蓬莱で仙人になることができるだろう」と言われる。ちょうど、この折、妻の兄にあたる貿易商人の林之洋が海外に交易にいこうとしていた。唐敖は志願して船に乗せてもらう。また、舵工の多九公という老人は、博学で物知りであった。さらに、林之洋の妻・呂氏、娘の林婉如も同行する。(第7回~第8回)

    海外、三十数か国を巡り、世を絶つ

    唐敖、林之洋、多九公たちは、東口山、君子国、大人国、労民国、聶耳国、無腸国、犬封国、元股国、毛民国、毘騫国、無継国、深目国、黒歯国、小人国、蚤国、跂踵国、長人国、麟鳳山、白民国、淑士国、両面国、穿胸国、厭火国、寿麻国、結胸国、炎火山、長臂国、翼民国、豕喙国、伯慮国、巫咸国、岐舌国、智佳国、女児国、軒轅国、三苗国、丈夫国を巡る。現在の世の中を風刺し、ある程度のユートピアの理想を託している。それぞれ中国と文化風習思想体型などが違い、珍しい光景を目の当たりにする。時として辛辣な時勢風刺となっている。東口山では、唐敖は空草や朱草という仙人界の薬を食べ、重い物持ち高く跳ぶことができるようになる。さらに、途上で、鮫人、蠶女、當康、果然、麟鳳、狻猊などの奇異な生物を目にし、多くの奇妙な風習を知る。例えば女児国では、中国と男女の風習が入れ替わっており「男はスカートを着て、婦人となり、家事をする。女は靴や帽子を付けて、男となり、家の外で働く。(男子反穿衣裙,作為婦人,以治内事;女子反穿靴帽,作為男人,以治外事)」。君子国では、住人がすべて人格者であり、「国王は厳命を出し、もし臣民に珍しい宝を献上す...

    鏡花縁に登場し、活躍する百才女は、百人の花を司る仙女が下界に降りてきた姿である。そのため、前身である花の仙女がそれぞれいる。また、綽名も存在するが、作中で呼ばれたことはない。海外12名花と唐小山に関係に深い人物を外せば、わずかな例外をのぞいて、宴席で技芸を披露する以外の台詞はほとんどない。 百才女 1. 司百花仙子:唐閨臣 第十一名才女。本名、唐小山。百花仙を率いる百花仙子の生まれ変わり。主人公格にあたる。#内容を参照。 2. 司牡丹花仙子:陰若花 第十二名才女。女児国の太子。女児国で林之洋を救ったが、命を狙われ、唐敖に救われる。#内容を参照。 3. 司木蓮花仙子:駱紅蕖 第三十三名才女。東口山で唐敖らと出会う。虎の目を毒矢で射抜く弓の名手。駱賓王の娘であり、父の決起失敗後、海外に逃れていた。 4. 司水仙花仙子:廉錦楓 第三十二名才女。君子国の上大夫であった廉礼の娘。水中に一日中潜ることができる。ナマコを採るために、海中に潜り、網にかかったところを唐敖に救われる。 5. 司木蘭花仙子:尹紅萸 第三十九名才女。唐の御史大夫であり、唐敖の師にあたる尹元の娘。父が讒言を受けたために、元股国にともに逃亡してきた。漁を採る網を編むのに長けている。 6. 司杏花仙子:盧紫萱 第二十二名才女。黒歯国の盧秀才の娘。幼名、亭亭。博学で音韻学や経典に通じ、知識自慢の多九公をやりこめて、皮肉ってあざ笑う。極貧のため、黒歯国では及第できない。 7. 司鉄樹花仙子:黎紅薇 第三十六名才女。黒歯国の盧秀才の弟子。幼名、紅紅。盧紫萱に及ばないが、学問に通じ、多九公をともにやりこめる。後に、両面国の賊に捕らわれていたが、唐小山らとともに送り返され、同行することになる。 8. 司秋海棠花仙子:魏紫桜 第四十名才女。徐敬業とともに反乱に加わった魏思温の娘。麟鳳山で唐敖たちを救う。父から学んだ火銃によって、遠距離から狻猊を倒す。 9. 司玉蘭花仙子:司徒嫵児 第三十名才女。淑士国の領兵副将の娘。幼くして宮女となる。淑士国駙馬に仕え、余承志と婚約する。余承志の逃亡を助けようとして、かえって駙馬に告げられ、罪を得て売り出されたところを、唐敖に救われる。 10. 司蝋梅花仙子:余麗蓉 第三十一名才女。徐敬業の兄、徐敬公の娘。商船が故障したところを唐敖に救われる。単独で海賊を倒すほどの弾弓の名手。 11...

    第一回、女魁星北斗垂景象 老王母西池賜芳筵
    第二回、発正言花仙順時令 定罰約月姉助風狂
    第三回、徐英公伝檄起義兵 駱主簿修書寄良友
    第四回、吟雪詩暖閣賭酒 揮醉筆上苑催花
    藤林広超訳『鏡花縁―則天武后外伝』(講談社、1980年)
    田森襄(抄訳)『児女英雄伝・鏡花縁』(平凡社「中国古典文学全集第30巻」、1961年)
    村松暎『中国列女伝―三千年の歴史のなかで 』(中公新書、1968年)
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