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  1. 仙台藩家臣 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/仙台藩家臣

    仙台藩家臣(せんだいはんかしん) 本項では、仙台藩主伊達家の江戸時代における家臣団(明治維新に際して、士族戸数4262戸、卒族戸数3050戸があった)についての説明の一部として、重臣である門閥の一覧を示す(召出については家名のみ。。太刀上以上については知 ...

  2. Category:台湾の女優 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/Category:台湾の女優

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  3. 四海幇 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/四海幇

    四海幇(しかいほう、スー・ハイ・パン)は、台湾全域及び中国大陸を拠点に活動する黒社会組織(暴力団)。 構成員数は不明であるが、総構成員は数万人とも言われている。台湾三大黒社会の一つとして竹聯幇、天道盟と並び称されている。 ...

  4. 第10回中華民国立法委員一覧 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/第10回中華民国立法委員一覧
    • 政党別構成
    • 原住民代表立法委員
    • 注釈
    • 外部リンク
    第10回中華民国立法委員選挙直後
    2020年2月26日現在、院内勢力別所属議員数

    平地原住民

    有権者数:199,833人

    山地原住民

    有権者数:215,115人

    民主進歩党

    1. ^ 蘇震清は2021年2月26日に民主進歩党を離党。

    無所属

    1. ^ a b 趙正宇、蘇震清は民主進歩党の院内会派に参加。 2. ^ 蘇震清は民主進歩党籍だが、選挙区の変動により無所属で出馬。当選後に復党。 3. ^ a b 傅崐萁、高金素梅は中国国民党の院内会派に参加。

  5. ひょうたん童子 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/ヒョウタン兄弟
    • ストーリー
    • 登場人物
    • 放映リスト
    • 主題歌
    • スタッフ
    • キャスト

    ひょうたん童子

    昔、「瓢箪山」と言う山の中に、サソリの妖怪とヘビの妖怪が封印されていた。ある日、穿山甲(吹き替え版ではアルマジロという設定になっている)がうっかりその山を貫いてしまったため、二体の妖怪が逃げ出してしまう。逃げ出した妖怪たちは悪さをしはじめ、人々はとんだ災難に見舞われ悲惨な日を過ごすこととなる。穿山甲がこの事件をある老人に告げると、老人は妖怪を消滅させるために七色の瓢箪を植えた。すると赤、橙、黄、緑、青、藍、紫七つの大瓢箪が実を結ぶ。だが、この作戦は妖怪に知られ、穿山甲と老人は連れ去られてしまう。 その後、瓢箪は一つ一つ熟成して、七人の立派な男の子になる。彼らは「ヒョウタン兄弟」(葫芦兄弟)或は「ヒョウタンの子」(葫芦娃)と呼ばれて、非凡な能力を持っていた。妖怪を退治して穿山甲と老人を助けるために、ヒョウタン兄弟たちは生まれると妖怪たちと戦った。だが、蛇・蠍の妖怪の力と法宝はただ物ではなく、兄弟たちは様々な困難と危険に遭遇する。全員錬丹のストーブに入れられ燃やされそうになるほどの危険な状況もあったが、最終的には七人の兄弟は七色の峰に変わり、サソリ大王とヘビクイーンをまた封印し消滅さ...

    ヒョウタン小金剛

    ヘビの妖怪(クイーン)は妹の青い蛇がいる。青い蛇は姉と姉婿がヒョウタン兄弟に消滅させられたことを知った後、復讐と七心丹のために、七色の峰を開削した。こうして、ヒョウタン兄弟の新たな戦いが始まる。青い蛇は玉簪と錦嚢乾坤袋という二つの法宝を持っており、その神通力の前に、兄弟たちは一つ一つ捕らわれることとなる。そしてまたしても全員錬丹のストーブに入れられてしまうが、ストーブの中で七人の兄弟は七色の蓮子の力を発揮し、合体して一人になった。それが「ヒョウタン小金剛」である。ヒョウタン小金剛は七人の能力を持っていて、最強のヒョウタンの子であった。 しかし、それでも青い蛇クイーンに勝つためにはあの二つの法宝を破壊しなければならず、最後の決戦が始まることになる。ヒョウタン小金剛は様々な強力な敵と戦いを続け、ようやく法宝を見つけて破壊することに成功する。そして、この青い蛇も封印され、人々のもとには平和な日々が戻った。

    ひょうたん兄弟

    1. 長兄(大娃) 1.1. 服の色:赤。 1.2. 能力:強力無双で、巨大化することができる。 2. 次兄(二娃) 2.1. 服の色:オレンジ。 2.2. 能力:千里眼と順風耳。 3. 三兄(三娃) 3.1. 服の色:黄色。 3.2. 能力:堅い体、手刀は鉄を泥のように削れる。 4. 四兄(四娃) 4.1. 「火の子」(火娃)とも呼ぶ。 4.2. 服の色:緑。 4.3. 能力:炎と霹靂を吐く。 5. 五兄(五娃) 5.1. 「水の子」(水娃)とも呼ぶ。 5.2. 服の色:水色。 5.3. 能力:水を吸ったり吐いたりする。 6. 六兄(六娃) 6.1. 「隠身の子」(隠身娃)とも呼ぶ。 6.2. 服の色:青。 6.3. 能力:隠身術(不可視化) 7. 末弟(七娃) 7.1. 服の色:紫。 7.2. 能力:法宝の瓢箪が、どんなものでも吸い込める。

    妖怪カップル

    1. サソリ大王 1.1. サソリの妖怪。熱血だがどこか抜けている。 2. ヘビクイーン 2.1. ヘビの妖怪で、サソリの妻。やや姉御肌。

    妖怪カップル関係

    1. 青い蛇クイーン 1.1. ヘビクイーンの妹。二つの法宝「玉簪」と「錦嚢乾坤袋」を持っている。玉簪を分けると、十八の武器になれて、合わせると、堅い金鋼の宝剣になれる。錦嚢乾坤袋の中には、三十六の法宝が入っている。 2. 蝶の妖怪 2.1. 青い蛇クイーンの小間使い。錦嚢乾坤袋を汚したり、仙丹を盗んだりしたために、地下牢に監禁された。 3. ワニ頭領 3.1. 妖怪たちの隊長に相当する。 4. カエルの妖怪 5. ムカデの妖怪 6. バットの妖怪 7. スズメバチの妖怪 8. イノシシの妖怪 9. カミキリムシの妖怪 10. 他の妖怪(略)

    『ヒョウタン兄弟』(葫芦兄弟)

    1. 第1集 神峰奇遇 2. 第2集 七色葫芦 3. 第3集 誤入泥潭 4. 第4集 夢窟迷境 5. 第5集 絶路逢生 6. 第6集 鋼筋鉄骨 7. 第7集 水火奇功 8. 第8集 酒酣心冰 9. 第9集 幽谷彩蓮 10. 第10集 捕風捉影 11. 第11集 巧奪如意 12. 第13集 七子連心

    『ヒョウタン小金剛』(葫芦小金剛)

    1. 第1集 妖霧重回 (1989) 2. 第2集 鬥法比武 (1989) 3. 第3集 迷夢迴旋 (1989) 4. 第4集 勢均力敵 (1990) 5. 第5集 花谷脱険 (1990) 6. 第6集 除妖滅怪 (1991)

    『ヒョウタン兄弟』

    1. オープニングソング:「小小葫芦娃」 1.1. 作曲:呉応炬 演奏:上海電影楽団 2. エンディングソング:「小小葫芦娃」 2.1. 作詞:姚忠礼 作曲:呉応炬 2.2. 演奏:上海電影楽団 歌:上海市少年宮合唱隊

    『ヒョウタン小金剛』

    1. オープニングソング:「金剛葫芦娃」 1.1. 作詞:姚忠礼 作曲:呉応炬 1.2. 演奏:上海電影楽団 歌:上海市少年宮合唱隊 2. エンディングソング:「小小葫芦娃」 2.1. 作詞:姚忠礼 作曲:呉応炬 2.2. 演奏:上海電影楽団 歌:上海市少年宮合唱隊

    劇場版『ヒョウタン兄弟 〜CALABASH BROTHERS〜』

    1. オープニングソング:「小小葫芦娃」 1.1. 作詞:姚忠礼 作曲:呉応炬 1.2. 演奏:上海交響楽団歌:上海市黄浦区青少年活動センター、春天少年合唱団 独唱:王匯嘉 2. エンディングソング:「爱是太阳」(愛は太陽) 2.1. 作詞:姚忠礼 作曲:董為杰 2.2. 演奏:上海交響楽団 歌:喩越越

    『ヒョウタン兄弟』

    1. 脚本:姚忠礼、楊玉良、墨犢 2. 監督:胡進慶、周克勤 3. キャラクターデザイン:呉雲初、胡進慶 4. バックデザイン:常保生 5. アクトデザイン:沈祖慰、沈如東、伍仲文、孫能子、朱淑琴、林杰 6. バック絵:沈同春、李慶吉、段小西、朱行和、龔金福、攸揚 7. 絵コンテ:岳慧敏、支仰泰 8. 撮影:呉華栄 9. 撮影補佐:朱毓平 10. 録音:侯申康 11. 録音補佐:虞妙英 12. 編集:莫普忠 13. 編集補佐:強小柏 14. 効果:張元浩 15. 作曲:呉応炬 16. 演奏:上海電影楽団、王遅 17. 歌:上海市少年宮合唱隊 18. プロデュース主任:王玉蘭 19. プロデューサー:銭月瑛 20. アフレコ:上海美術電影製片廠 21. アフレコ監督:韋啓昌 22. 製作:上海美術電影製片廠(1986〜1987年)

    『ヒョウタン小金剛』

    1. 脚本:姚忠礼、墨犢 2. 総監督:胡進慶 3. 監督:葛桂雲 4. キャラクターデザイン:呉雲初、胡進慶 5. バックデザイン:常保生 6. アクトデザイン:肖剛、周旭東、王栄珍、徐堅平、呉雲初 7. バック絵:沈同春、李慶吉、段小西、攸揚、朱行和 8. 絵コンテ:岳慧敏、呉復興、屠杏花 9. 撮影:唐益楚 10. 撮影補佐:銭金熙 11. 録音:侯申康 12. 録音補佐:虞妙英 13. 編集:莫普忠 14. 編集補佐:李珊 15. 効果:張元浩 16. 作曲:呉応炬 17. 演奏:上海電影楽団 18. 歌:上海市少年宮合唱隊 19. プロデュース主任:張荷芳 20. 編集担当:張松林 21. アフレコ:上海美術電影製片廠 22. アフレコ監督:韋啓昌 23. 製作:上海美術電影製片廠(1989〜1991年)

    劇場版『ヒョウタン兄弟 〜CALABASH BROTHERS〜』

    1. 総監修:陳梁、汪天雲 2. 総企画:周峻、楊文紅 3. 統籌:王磊、朱毓平 4. 脚本:姚忠礼、楊玉良、墨犢 5. 監督:胡進慶、周克勤、葛桂雲 6. キャラクターデザイン:呉雲初、胡進慶 7. バックデザイン:常保生 8. アクトデザイン:沈如東、沈祖慰、沈寿林、孫能子、肖剛、朱淑琴、周旭東、徐堅平、陸松茂、李建国、王栄珍、林杰 9. バック絵:李慶吉、段小西、沈同春、朱行和 10. 絵コンテ:岳慧敏、支仰泰 11. 撮影:呉華栄 12. 撮影補佐:朱毓平 13. CG特効:邱小平、陳健、呉迪、陳暁磊、程友林、李暁娟、顔勇慶、蒋一第、王雪英 14. 録音:施林虎、鄒俊偉、侯中康 15. 録音補佐:張培溶、虞妙英 16. 編集:龔黎民、施勇、莫普忠 17. 編集補佐:強小柏 18. 効果:白偉民、張元浩 19. 作曲:呉応炬 20. 演奏:上海交響楽団 21. アフレコ協力:上海電影訳製廠 22. アフレコ監督:黄鴬 23. 作曲:呉応炬、董為杰 24. 出品人:任仲倫、黎瑞剛 25. プロデューサー:陳斌 26. プロデュース主任:王玉蘭 27. 製作:上海美術電影製片廠...

    『ヒョウタン兄弟』『ヒョウタン小金剛』

    1. 于鼎 2. 范捷 3. 戴欣 4. 朱藝 5. 談鵬飛 6. サソリ大王:戦車 7. ヘビクイーン:倪以臨 8. 青い蛇クイーン:鞠萍

    劇場版『ヒョウタン兄弟 〜CALABASH BROTHERS〜』

    1. 豆豆 2. 小荷 3. 沈墨 4. 金煒 5. 画神閑 6. 劉斌 7. 黄笑嬿 8. 符沖 9. 楊夢露 10. 馮駿驊 11. 洪海天 12. 詹佳 13. 李正翔 14. 葉露 15. 殷雷 16. 謝添天

  6. 論語 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/八佾
    • 名称
    • 成立
    • 受容
    • 新出文献
    • 構成
    • 内容
    • 故事成語
    • 参考文献
    • 関連文献
    • 関連項目

    『論語』という名称が定着するのは、前漢の宣帝・元帝の頃からであり、『史記』仲尼弟子列伝の司馬遷の賛に用いられるほか、戴聖の『礼記』などに使用例がある。それ以前は、単に「伝」(『史記』封禅書・『漢書』宣帝紀)や「語」(『塩鉄論』)という呼称例がある。 『論語』の書名の由来は諸説あり、定説はない。最も古い説は班固の『漢書』芸文志に見える説である。 皇侃の『論語義疏』では、「論」の字の解釈について、音が共通する「倫」字の意味とする説、「論」の意味とする班固説、論・倫に相違はないとする三説を紹介している。このうち「倫」字の意味とする場合、更に以下の四つの説があるという。 1. 「倫」は「次」の意味で、順序次第が整っていて理屈が乱れないさまを示す。 2. 「倫」は「理」の意味で、ものごとの道理を示す。 3. 「倫」は「綸」の意味で、国家の統治に役立つことを示す。 4. 「倫」は「輪」の意味で、あらゆる意味が備わり、永遠に回る車輪を示す。 合わせて、「語」は単なる言葉ではなく、相手の議論に対する批判や問答を表す言葉であるとする。

    門人による編纂

    一般には、『漢書』芸文志に記載されているように孔子の門人が孔子の死後に集まって編纂したとされているが、この門人が誰なのかという点には様々な異説がある。比較的古くからある説には、以下の例がある。 1. 弟子の子夏ら64人が編纂した(『文選』李善注引『論語讖』)。 2. 冉雍・子游・子夏らが編纂した(『経典釈文』引鄭玄説)。 3. 七十弟子が編纂した(『論語義疏』)。 唐の学者である柳宗元は、『論語』には孔子の弟子である曾参の死が描かれていることから、『論語』は曾参の弟子が編纂したものであると考えた。北宋の程子は、孔子の弟子の有若・曾参が『論語』では「子」の敬称をつけて呼ばれることから、この二人の門人が編纂したと考えた。また、江戸時代の学者である太宰春台は、『論語』は前後十篇ずつで内容や体裁に差があることを見出し、前半は子張、後半は原憲の編纂であると推論した。

    現在の形の『論語』の成立

    『論語集解』によれば、漢代の武帝の頃には三種のテキストの『論語』があった。 魯論 1. 孔子の祖国の魯で伝えられた。計20篇。夏諸勝・蕭望之・韋賢・韋元成らによって伝えられた。 斉論 1. 問王篇・知道篇の2篇が多く、計22篇。王卿・庸生・王吉らによって伝えられた。 古論(古文論語) 1. 魯の共王の劉余が孔子の旧宅を壊した際に発見された『論語』で、漢代以前の古い文字で書かれていた。堯曰篇が二つに分かれており、計21篇。孔安国によって注釈が作られた。 前漢の張禹が「魯論」と「斉論」を校正して『張侯論』を作ると、後漢の包咸・周氏がこれに対して注釈を作った。そののち、後漢の鄭玄が「魯論」を中心にしながら「斉論」「古論」を統一し『論語』の注釈書を作った。また、後漢の熹平4年(175年)には、経書を石に刻んで保存する事業(「石経」)によって『論語』の石経が作られた。これもわずかながら現存している。 三国時代に入り、陳群・王粛・周生烈らによって多くの注釈が作られた。これらを集大成したのが何晏らによって編纂された『論語集解』で、これが現在まで完全な形で存在している最古の注釈である。

    『論語』は非常に簡潔な記述で書かれており、儒学の入門書として古くから広く普及した。一方で、簡潔すぎるためはっきり意味が定めがたく、後世に多くの解釈が生まれることとなった。したがって、時代や文化に応じて様々な受容の様相が見られ、注釈も数多く作られた。

    1906年、フランスのポール・ペリオ、イギリスのオーレル・スタインらの探検隊が、敦煌の千仏洞から敦煌文献の一つとして鄭玄注『論語』の写本の一部を発見した。これは南北朝時代から唐代の写本である。また、1969年にはトルファン地域のアスターナ地区で、再び鄭玄注『論語』が発見された。これは唐の景龍4年(710年)に卜天寿という少年によって書写された本である。 1973年、河北省定州市の前漢の中山懐王劉脩の墓から、『論語』の一部が書かれた竹簡が発見された。劉脩は紀元前55年に没したため、これより以前のものであることが分かる。この竹簡に記された『論語』の内容は、現行本との間に異同は多いが、内容は類似しており、現行本の祖本の一つであると考えられる。 1990年代の初頭、朝鮮民主主義人民共和国の平壌市郊外の旧楽浪郡の領域にある貞柏洞364号墳から、『論語』の一部が書かれた竹簡が発見された。この出来事は、2009年頃から国際的に知られるようになった。この墓には紀元前45年の戸籍簿が副葬されており、前漢の頃には『論語』が辺境地域にまで伝播していたことが明らかになった。 2016年、江西省南昌市にある遺跡海昏侯墓(中国語版)(前漢の劉賀の墓)から、漢代当時の『斉論語』と推定される竹簡の断片(『論語』知道篇)が出土した。 2020年、注釈書の一つ『論語義疏』について、6~7世紀初めに中国で書かれたとみられる最古級の写本が日本で見つかった。

    512に区切られる短文・長文が、全10巻20篇の中にまとめられる形で収録されている。前10篇を「上論」、後10篇を「下論」と呼んで区別したりもする。篇の名称は(「子曰」を除く)各篇の最初の二文字(または三文字)を採ったものであり、章によってはその章の内容のことをいう。 1. 巻一 1.1. 学而(がくじ)第一 1.1.1. 「学んで時に之を習う」という孔子の言葉に始まる。「学」についての記述、孔子の根本思想についての立件が多いため、熟読すると良いと朱熹は言う(集注)。凡そ十六章。 1.2. 為政(いせい)第二 1.2.1. 「政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星之に共するが如し」という孔子の徳治論に始まる。政治についての記述が多いとされる。凡そ二十四章。 1. 巻二 1.1. 八佾(はちいつ)第三 1.1.1. 孔子が魯の家老の季孫氏の不遜な態度を批判する言葉から始まる。礼楽に関する記述が多く、この「八佾」も礼楽の行列の名前である。凡そ二十六章。 1.2. 里仁(りじん)第四 1.2.1. 「仁に里(お)るを美しと為す」という孔子の言葉に始まる。「仁徳」に関する記述が多いとされる。朱熹は凡そ二十六章。 1. 巻三 1.1. 公冶長(こうやちょう)第五 1.1.1. 孔子の弟子の公冶長との問答より始まることから公冶長篇と名付けられたとされる。名の通り孔子の弟子の公冶長との問答より始まることから公冶長篇と名付けられたとされる。この章の殆ど(最後の三章)が孔子と弟子との問答や人物評価が書かれている。凡そ二十七章。 1.2. 雍也(ようや)第六 1.2.1. 孔子が弟子の冉雍を「雍や南面せしむるべし」と絶賛した章に始まる。人物評論や「仁」と「知」の論が目立つとされる。凡そ二十八章。 1. 巻四 1.1. 述而(じゅつじ)第七 1.1.1. 「述べて作らず」という孔子の言葉に始まる。孔子の自身言葉や容態、行動に関した記述が多いとされる。凡そ三十七章。 1.2. 泰伯(たいはく)第八 1.2.1. 「泰伯は其れ至徳と謂うべきのみ」という孔子の言葉に始まる。泰伯への称賛から、礼楽など、終盤には聖人などの構成とされる。凡そ二十一章。 1. 巻五 1.1. 子罕(しかん)第九 1.1.1. 「子、罕(まれ)に利と命と仁とを言う」という章に始まる。孔子の言行や...

    内容は解釈の如何によって異なる。本文には今では使われていない単語や意味の分かりにくい部分や、解釈の分かれる部分があるため、読むためには注釈に頼ることが必要である。注釈は古注や新注、それ以外の注釈など多数あり、それぞれ内容が異なる。注によって解釈が全く異なり、訓読文や現代語訳もどの注釈に従うかで変わってくる。そのため、以下の内容はそのまま本文に書かれているというわけではないことに注意が必要である。

    『論語』に由来する故事成語には、以下の例がある。 1. 一を聞いて十を知る - 公冶長篇「賜也何敢望回、回也聞一以知十、賜也聞一以知二」 1.1. 一端を聞いただけで全体を理解すること。理解が早く聡明であること。 2. 牛刀をもって鶏を割く - 陽貨篇「割雞焉用牛刀」 2.1. 小さなことを処理するのに大げさな手段を用いること。 3. 過ちて改めざるをこれ過ちという - 衛霊公篇「過而不改、是謂過矣」 3.1. 過ちを犯しても改めないことこそが、真の過ちである。 4. 過ぎたるは猶お及ばざるが如し - 先進篇「過猶不及」 4.1. 適当な程度を超えているのは、不足と同じ。中庸が大切であるたとえ。 5. 憤せずんば啓せず - 述而篇「不憤不啓、不悱不発、挙一隅不以三隅反、則不復也」 5.1. 心に理解できなくて、憤り奮い立つほどでなければ、教え導かない。自発的にやろうとしない者には教えない。 6. 径(こみち)によらず - 雍也篇「有澹臺滅明者、行不由径」 6.1. 小道を通らないで、大道を行く。人生においては近道をしないで、正直にしたがい歩む。 7. 性相い近し、習い相い遠し - 陽貨篇「性相近也、習相遠也」 7.1. 人間は生まれつきの天性はたいして差がないが、後天的な習慣によって大きく違ってくる。 8. 徳は孤ならず - 里仁篇「徳不孤、必有鄰」 8.1. 徳のあるものは、決して孤立することはなく、必ず従う者、助ける者がいる。 9. 和して同ぜず - 子路篇「君子和而不同、小人同而不和」 9.1. 人と仲良く打ち解けても、道理に背いてまで人にへつらわないこと。

    井川義次 『宋学の西遷 : 近代啓蒙への道』 人文書院、2009年。ISBN 9784409041000。
    井筒俊彦、澤井義次訳 「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」 『東洋哲学の構造 : エラノス会議講演集』 慶應義塾大学出版会、2019年。ISBN 978-4-7664-2459-1。
    影山輝國 『『論語』と孔子の生涯』 中央公論新社〈中公叢書〉、2016年。ISBN 9784120048166。
    『論語』、金谷治訳注(新訂版(原著1963年)版) 岩波書店〈岩波文庫〉、1999年11月。ISBN 4-00-332021-2。

    『論語』の翻訳

    1. 井波律子『完訳 論語』岩波書店、2016年6月。ISBN 978-4-00-061116-9。 2. 宇野哲人『論語新釈』講談社〈講談社学術文庫 451〉、1980年1月。ISBN 4-06-158451-0。 2.1. 別版『論語 上・下』明徳出版社〈中国古典新書〉、新装版2010年 3. 『論語』貝塚茂樹訳注、中央公論新社〈中公文庫〉、改版2020年3月(原著1973年7月)。ISBN 4-12-206848-7。 3.1. 『論語 Ⅰ』貝塚茂樹訳、中央公論新社〈中公クラシックス〉、2002年12月。ISBN 4-12-160043-6。 3.2. 『論語 Ⅱ』貝塚茂樹訳、中央公論新社〈中公クラシックス〉、2003年2月。ISBN 4-12-160048-7。 4. 『論語』加地伸行全訳注、講談社〈講談社学術文庫 1962〉、2009年9月、増補版(原著2004年3月)。ISBN 4-06-291962-1。 5. 『論語 現代訳』下村湖人訳、PHP研究所(選書判)、2008年10月。ISBN 978-4-569-70314-5。新版再刊、現代語訳のみ。 6. 穂積重遠...

    『論語』の注釈の翻訳

    1. 荻生徂徠『論語徴』小川環樹訳注訳、平凡社〈東洋文庫 575〉、1994年。ISBN 4-582-80575-2。 2. 荻生徂徠『論語徴 2』小川環樹訳注、平凡社〈東洋文庫 576〉、1994年4月。ISBN 4-582-80576-0。 2.1. 元版は『荻生徂徠全集 3・4 経学』みすず書房、1977-78年。 3. 朱熹 『論語集注』 土田健次郎訳注、平凡社〈東洋文庫〉(全4巻)、2013-2015年 4. 『論語 朱熹の本文訳と別解』石本道明、青木洋司、明徳出版社 2017年12月 5. 子安宣邦『仁斎論語 『論語古義』現代語訳と評釈』ぺりかん社 上下、2017年12月 6. 渡邉義浩主編『全譯 論語集解』汲古書院上下、2020年

    概説書・専門書

    1. 荒川健作『論語大成 全訳 最高の徳「中庸」とは何か?』三恵社、2007年6月。ISBN 978-4-88361-552-0。 2. 狩野直禎『図解雑学 論語』ナツメ社、2001年7月。ISBN 4-8163-3046-1。 3. 加地伸行『「論語」再説』中央公論新社〈中公文庫〉、2009年3月。ISBN 978-4-12-205136-2。 4. 簡野道明『補註 論語集註』明治書院、2003年2月。ISBN 4-625-73301-4。新版再刊 5. 呉智英『現代人の論語』筑摩書房〈ちくま文庫〉、2015年8月。ISBN 978-4-480-43254-4。新版再刊 6. 武内義雄『論語之研究』岩波書店、1939年。 6.1. 武内義雄『武内義雄全集 第1巻』角川書店、1978年7月。 7. 陳舜臣『論語抄』中央公論新社〈中公文庫〉、2009年8月。ISBN 978-4-12-205189-8。 8. 津田左右吉『論語と孔子の思想』岩波書店、1946年。 8.1. 津田左右吉『津田左右吉全集 第14巻』岩波書店、1987年10月。ISBN 978-4-00-091124-5...

  7. 台湾の人物一覧 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台湾の人物一覧
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  8. 戴季陶 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/戴天仇
    • 人物歴
    • 戴季陶の対日観
    • 戴季陶と「華僑は革命の母」
    • 戴季陶の著作・日記の単行本
    • 戴季陶に関する評伝・研究(日本語以外は主要なもののみ)
    • 参考文献

    経歴

    戴季陶は1891年1月6日、四川省成都府漢州に生まれた。12歳の冬に州試、府試に合格したものの、院試で落第し、この時点で官職を求めることを断念した(後述するが、彼は留学から帰国した後一時期官職に就く)。翌年から、成都の東游予備学校、客籍学堂高等科、華英学堂に就学し、さらに、日本人教習服部操(東文学堂)や小西三七(客籍学堂)から日本語の訓練を受けた。15歳もしくは16歳の時、すなわち1904年から1906年の間に、漢州から日本に渡った。その後1907年まで、戴季陶の行動は定かではない。1907年(丁未年)、東京の(専門学校令による)日本大学専門部法律科(法科)に入学した。1908年(戊申年)の秋、日本大学の留学生同学会会長に選出され、翌年退学した。以上から、戴季陶の日本留学時期は1904年~1906年の間から1909年まで、期間は4年ないし6年であったと言える。日本大学在学中は戴良弼と名のり、東京麹町の松浜館に下宿した。 1909年、日本大学専門部法律科を中途退学し、上海に帰国した。上海では数ヶ月間張俊生から生活の援助を受け、同年、蘇州の官立「江蘇自治研究所」(上海蘇属地方自治籌辦...

    年表

    1. 1891年1月6日 四川省成都府漢州(民国期は広漢県)で生まれた。 2. 1928年10月8日 中国国民党二期中執会173次常会は戴季陶を国民政府考試院院長に選出。1930年1月6日就任。 3. 1948年6月24日 考試院院長を辞任。 4. 1949年2月12日 広東省広州市東山で没した。

    文献上の名前の誤記例

    検索する場合、以下の例も含めるとよい。 1. 「戴」が「載(载)」に誤記されたもの:載季陶(载季陶)、載伝賢(載傳賢、载传贤)、載天仇(载天仇)など。 2. 「季」が「李」に誤記されたもの:戴李陶。 3. 「傳(伝、传)」が「溥」や「傅」に誤記されたもの:戴溥賢(戴溥贤)、戴傅賢(戴傅贤)。 4. 上記が合わさったもの:載李陶(载李陶)、載溥賢(载溥贤)、載傅賢(载傅贤)。

    戴季陶は「最近之日本政局及其対華政策」(1917-18年)、「張継何天炯戴伝賢告日本国民書」(1919年)、「我的日本観」(1919年)などでその日本への関心を示している。とりわけ、『日本論』(1928年4月)は、近代中国人が著した最も有名な対日観の一作品と見なされている。 戴季陶は『日本論』のなかで、イギリスのアジア政策、ソ連の中国政策、日本の山東出兵(1927年5月-6月)、中国政府の支配力欠如と中国国民の政治能力欠如が「東方の将来の世界大戦」を招来することを警戒し、中国の自強には統一した国民精神の形成が必要である、と論じた。そして、明治維新以来急速に軍国化していく日本の現状を分析し、日本民族の特性であった倫理性、武士道に現れた「尚武」精神が、1927年の訪日時には荒廃していたと嘆いた。さらに、中国国民は三民主義を信奉して国民精神を形成し、革命を成就させ自強に努め、日本の中国における勢力に抵抗することと、中国の国家は民族主義を発揮して日本のような軍国主義に向かうのを回避し、強国となった暁には東方道徳の王道の道統となることを展望した。 ただし、戴季陶は『日本論』執筆の以前も以後も、日本に関する評論を多数著している。よって、戴季陶の対日観を『日本論』に集約させる考え方は不適当である。

    孫文が述べたと伝えられている「華僑は革命の母である(華僑爲(是)革命之(的)母)(华侨为(是)革命之(的)母)」の語は、孫文の著作、言行を記録した資料からは現在のところ見つかっていない。「華僑は革命の母である」の語が最初に用いられたのは、戴季陶が1927年3月30日に長崎の通天閣で行った講演(中国語を使ったとされる)である。(黄堅立「“華僑為革命之母”――賛誉之来歴与叙述」、久保純太郎「「華僑為革命之母」と戴季陶」)

    『天仇文集』上海:民権報発行部、1912年11月(→影印版:『宋漁父戴天仇文集合刻』上海:国光図書館、1921年7月)(→影印版:呉相湘主編『戴天仇文集』台北:文星書店、1962年6月)
    『協作社的效用』広州:中国国民党中央執行委員会宣伝部広州中国国民党週刊経理処、1924年1月初版、1926年2月第三版、1926年8月第四版、1927年4月第五版
    『孫文主義之哲学的基礎 附民生哲学系統表』上海:中国国民党中央執行委員会上海執行部、出版時間不詳(→別版:上海:民智書局、1925年7月初版)
    『孫文主義之哲学的基礎 附民生哲学系統表 校正増補第二版』上海:民智書局、1925年8月初版、1925年12月第二版、1927年1月第五版、1927年9月第六版(→別版:『三民主義之哲学的基礎』重慶:中央組織部党員訓練処秘書処文化駅站総管理処、1940年3月)(→日本語訳:中山志郎(山本秀夫)訳『孫文主義の哲学的基礎』東京:生活社、1939年)(→ドイツ語訳:Tai Tschi-tao(戴季...
    代英(惲代英)「読『孫文主義之哲学的基礎』」(『中国青年』第87期、1925年8月8日付)
    抽玉(蕭楚女)「国民革命与中国共産党」1925年8月10日(中央党史研究室《蕭楚女文存》編輯組・広東革命歴史博物館編『蕭楚女文存』北京:中共党史出版社、1998年7月)
    独秀(陳独秀)「給戴季陶的一封信」1925年8月30日(『嚮導』第129期-第130期、1925年9月11日付、18日付)
    秋白(瞿秋白)「中国国民革命与戴季陶主義」(嚮導週報社編『反戴季陶的国民革命観(一)』嚮導週報社、1925年9月)
    新覚編『中山先生思想概要』愛知社、1925年6月
    周仏海『中山先生思想概観』上海:民智書局、1925年8月
    銭義璋「読了国民導報以後」(上海『民国日報』副刊「覚悟」1925年8月25日付-28日付)
    林遠「中山大学是闡揚三民主義的中心」(中山大学『政治訓育』第1巻第4期、1927年3月1日付)
  9. 台湾ドラマ - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/台湾ドラマの一覧

    概要 台湾をはじめ、中国や香港などで活躍する俳優、女優が出演することもある。 日本のドラマとの大きな違いとして、題名に英語訳がついている。 例)『流星花園 / Meteor garden』、『ラベンダー / lavender』、『悪男宅急電 / express boy』、『あすなろ白書 / ...

  10. 日本のサッカー選手一覧 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/日本人サッカー選手一覧

    日本のサッカー選手一覧(にほんのサッカーせんしゅいちらん)は、日本出身のサッカー選手の一覧である。 Category:日本のサッカー選手も参照。 この項目はCategoryではないので、記事の無い選手については赤リンクや仮リンク、簡単な説明の併記なども可能。